ドミニク・ウィルキンス


































ドミニク・ウィルキンス
Dominique Wilkins

1996 Dominique Wilkins Panathinaikos.jpg
ウィルキンスはユーロリーグ (パナシナイコスBC) でも活躍した。 (1996年)

引退
殿堂
バスケットボール殿堂(選手)
永久欠番
ホークス  21 
ポジション(現役時)
SF
背番号(現役時)
21(永久欠番),12
身長(現役時)
203cm (6 ft 8 in)
体重(現役時)
100kg (220 lb)
基本情報
本名
Jacques Dominique Wilkins
愛称
Human Highlight Film
ラテン文字
Dominique Wilkins
誕生日
(1960-01-12) 1960年1月12日(59歳)

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地
フランスの旗 フランス
イル=ド=フランス地域圏の旗イル=ド=フランス地域圏 パリ
出身
ジョージア大学
ドラフト
1982年 3位 
選手経歴
1982-1994
1994
1994-1995
1995-1996
1996-1997
1997-1998
1999

アトランタ・ホークス
ロサンゼルス・クリッパーズ
ボストン・セルティックス
パナシナイコスBC
サンアントニオ・スパーズ
フォルティトゥード・ボローニャ
オーランド・マジック
受賞歴

  • 9×NBAオールスターゲーム出場:1986–1994


  • オールNBAチーム
    • 1stチーム:1986

    • 4×2ndチーム1987–1988, 1991, 1993

    • 2×3rdチーム:1989, 1994



  • NBAオールルーキーチーム:1983

  • 得点王:1986

  • 2×NBAスラムダンクコンテスト優勝:1985, 1990

  • 3×NBAシューティングスターズ優勝:2013–2015

  • No. 21 アトランタ・ホークス永久欠番


  • ユーロリーグチャンピオン:1996


  • ユーロリーグファイナルフォーMVP:1996


  • GBLカップ優勝:1996


  • GBLカップMVP:(1996)

ドミニク・ウィルキンスJacques Dominique Wilkins、1960年1月12日 - )は、NBAなどで活躍したアメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。身長203cm、体重102kg。父親がアメリカ軍に従軍していた関係で、フランスの首都パリで生まれた。高い得点能力を誇り、ダンクシュートで有名なことからヒューマンハイライトフィルムと呼ばれた[1]。ジュリアス・アービング、マイケル・ジョーダン、ヴィンス・カーターらと並び、史上最高のスラムダンカーの1人とされている。2006年にバスケットボール殿堂入りを果たした。




目次





  • 1 経歴


  • 2 主な受賞


  • 3 脚注


  • 4 関連項目


  • 5 外部リンク




経歴


ジョージア大学に在学中の1982年のNBAドラフトでユタ・ジャズから指名されたが、数ヵ月後の開幕前にアトランタ・ホークスに移籍してキャリアの大部分をホークスで過ごした。入団2年目の1983-84シーズンから1993-94シーズンまで11シーズン連続して1試合平均20得点以上を記録、1985-86シーズンは30.3得点で得点王に輝いた[1]。ウィルキンスを中心としたチームは強豪チームとなり1980年代にホークスは4回50勝以上あげることができた。主なチームメイトは、ケビン・ウィリス、モーゼス・マローン、ドック・リバース、スパッド・ウェブ、ムーキー・ブレイロックなど。


NBAオールスターゲームに9回選出された。またスラムダンクコンテストで2回優勝している[1]。特にウイルキンスとマイケル・ジョーダンとの戦いは白熱した。1984年は、ラリー・ナンスが優勝してウイルキンスは敗れた。1985年は、ジョーダンと決勝で戦い優勝。1986年のダンクコンテストでは、ジョーダンが負傷したため、ジョーダンvsウィルキンスが再び戦うことはなかった。ウイルキンスは決勝に進出したが同僚のスパッド・ウェブとの対決で敗れた。1988年にウイルキンスとジョーダンは再び決勝で戦い、ジョーダンが優勝した。シカゴで行われた試合だったのでシカゴ・ブルズ所属のジョーダンに有利な状況だった。1990年に最後のスラムダンクコンテストに出場する。若手の有望選手であるショーン・ケンプ、スコッティ・ピッペンとケニー・ウォーカー(1987年優勝)と戦い、決勝でケニー・スミスを破り優勝する。


チームの顔とも言えたウィルキンスだったが1993-94シーズン中にダニー・マニングとのトレードでロサンゼルス・クリッパーズにトレードされた。その後、ボストン・セルティックス、サンアントニオ・スパーズ、オーランド・マジック、ヨーロッパのギリシャやイタリアのチームでプレイした。


NBA歴代13位の26,668得点、そして7,169リバウンドの記録を残した。


2001年1月13日、彼の背番号21番はホークスの3人目の永久欠番となった。


NBAでの優勝経験がなかったためか、NBA史上最も偉大な選手50人に選ばれる事はなかったが「選ばれないのはおかしい」との意見も聞かれた。


彼の弟、ジェラルド・ウィルキンスもNBAの選手だった[2]。また、ジェラルドの息子であるダミアン・ウィルキンスはシアトル・スーパーソニックスなどでプレーした。


957試合連続ファウルアウトしなかった。これはモーゼス・マローン、ウィルト・チェンバレンに次いで3番目の長さである。



主な受賞


  • 得点王1回 1985-86

  • オールスタースラムダンクコンテスト優勝2回[1]

  • NBAオールルーキーチーム 1983[1]

  • オールNBAファーストチーム1回、セカンドチーム4回、サードチーム2回

  • オールスター出場9回[1]


  • バスケットボール世界選手権優勝(1994年)ドリームチームIIのメンバーだった。


脚注


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  1. ^ abcdef“Dominique Wilkins”. nba.com. 2012年3月25日閲覧。


  2. ^ “Right Name, Wrong Genes: The Top 50 Less Talented Relatives of Superstars”. bleacherreport.com (2010年9月7日). 2012年3月25日閲覧。



関連項目


  • アトランタ・ホークスのチーム記録


外部リンク


  • NBA.com History player file: Dominique Wilkins



  • ドミニク・ウィルキンスの通算成績と情報 Basketball-Reference.com (英語)


  • ドミニク・ウィルキンス - バスケットボール殿堂


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