マラケシュ
マラケシュ مراكش Marrakech | |
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位置 | |
Marrakech-Tensift-El Haouz地域の位置 | |
座標 : 北緯31度38分 西経8度0分 / 北緯31.633度 西経8.000度 / 31.633; -8.000 | |
歴史 | |
建設 | 1062年 |
行政 | |
国 | モロッコ |
地域 | マラケシュ=サフィ地方 |
州 | Marrakech |
市 | マラケシュ |
市長 | Fatima-Zahra Mansouri |
人口 | |
人口 | (2012年現在) |
市域 | 909,000人 |
都市圏 | 1,063,415人 |
備考 | [1] |
その他 | |
等時帯 | 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1) |
郵便番号 | 40000 |
マラケシュ (مراكش marrākish) は、モロッコ中央部の都市。ラバトの南西約280kmのアトラス山脈山麓の丘陵地帯、テンシフト川の南岸に位置し、「南の真珠」と呼ばれてきた。
目次
1 概要
2 歴史
3 無形文化遺産
4 世界遺産
5 姉妹都市
6 周辺
7 フォトギャラリー
8 参照
9 外部リンク
概要
マラケシュは、ベルベル語で「神の国」 (murt 'n akush)を意味する。北緯32度、西経8度、標高450mに位置する。気候はステップ気候に属する。2012年の人口はおよそ90万人で、カサブランカとラバト、フェズにつぐモロッコ第4の都市である。
アトラス山脈のうち最も険しい大アトラス山脈の北に位置する。マラケシュの南45kmには北アフリカ最高峰のトゥブカル山 (4165m) がそびえる。町の東側にはイシル川が流れ、大西洋に注ぐテンシフト川につながる。郊外にはオアシスが点在する。
マラケシュは東西2km、南北3kmの城壁に囲まれた旧市街(メディナ)と、旧市街の西に広がる新市街からなる。新市街の西端にマラケシュ駅が位置する。旧市街は北アフリカでも最大の規模であり、王宮のほか、バイア宮殿、エルバディ宮殿、サアド朝の墳墓群、ベルアベ陵、アグダル庭園などを含む。マラケシュ駅はターミナル駅であり、北に向かってカサブランカ、東へ折れてラバト、フェズへ延びる。町の北10kmの位置に国際空港が広がる。
歴史
マラケシュを都市化したのは、ムラービト朝のユースフ・ブン・ターシュフィン(位1061年~1107年)であった。1071年以来本格的な整備を行い、モスクの建設、灌漑路の整備などを行った。また子のアリー・ブン・ユースフ(位1107年~43年)の時代にもモスクが建設され、1120年にクバ・アル・バディンの霊廟が建設された。クバ・アル・バディンは、もとは、アリー・ブン・ユースフ・モスクの一部をなしていたと思われる。
ムラービト朝時代にはもっとたくさんの建造物が建てられたはずであるが、ほとんどがムワッヒド朝時代に取り壊された。1147年、ムワッヒド朝の君主、アブド=アル=ムーミニーンが建てたクトゥビーヤ・モスクのミナレットは、77mに達し、マラケシュの旧市街の象徴的な建造物である。そのほかムワッヒド朝の君主が宮殿に行く途中に設けられたアーチの周辺に花弁状の文様が同心円状に施されたアグノー門や27の橋脚に支えられたテンシフト橋が架けられた。
サアド朝時代には、アフメッド=ル=マンスール王のエル=バディ宮殿が建てられたがアラウィー朝時代にさっそくほとんどが取り壊され、パレード用の広い庭が残されて、毎年、民俗芸能の祭典を行うのに使われている。19世紀に、アラウィー朝の王によって化粧漆喰とアラベスク模様で飾られたバイーヤ宮殿とアグダル庭園が造られた。このような貴重な歴史的建造物の豊富なマラケシュの旧市街地は、1985年に世界遺産に登録された。
無形文化遺産
マラケシュはユネスコの世界遺産に登録されるとともに、ジャマエルフナ広場の文化空間について、無形文化遺産保護条約の発効以前の2001年に「傑作の宣言」(第1回)がなされ「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に掲載され、ユネスコの無形文化遺産に登録されることが事実上確定していたが、2009年9月の初の登録で正式に登録された。
- ジャマエルフナ広場の文化空間
- 城壁に囲まれた旧市街の中心にある約400m四方のジャマエルフナ広場は、文化と交易の中心として栄えてきた。現在では、屋台や大道芸でにぎわう。ジャマエルフナ (Djemaa el Fna) とは、アラビア語で死人の集会場を意味する。
世界遺産
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マラケシュのクトゥービヤ・モスクのミナレット | |||
英名 | Medina of Marrakesh | ||
仏名 | Médina de Marrakech | ||
面積 | 1,107 ha | ||
登録区分 | 文化遺産 | ||
登録基準 | (1), (2), (4), (5) | ||
登録年 | 1985年 | ||
公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
地図 | |||
使用方法・表示 |
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
- (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
姉妹都市
マルセイユ、フランス
周辺
- ウリカ渓谷[2]
フォトギャラリー
気球乗り
メナラ庭園
マジョレル庭園
参照
^ Central Intelligence Agency (12 October 2011). The CIA World Factbook 2012. Skyhorse Publishing Inc.. p. 2006. ISBN 978-1-61608-332-8. http://books.google.com/books?id=o4lyrrsX0-wC&pg=PT2006 2012年10月8日閲覧。.
^ 『世界の美しい階段』 エクスナレッジ、2015年、177頁。ISBN 978-4-7678-2042-2。
外部リンク
- バフィア宮殿
- マラケシュの イブン・ユースフ学院 (日本語)
- Marrakech.net - Marrakech シティガイド
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