海原千里・万里
海原千里・万里(うなばらせんり・まり)は、1970年代に人気を博した姉妹漫才コンビ。ケーエープロダクションに所属していた。
目次
1 メンバー
2 概略
3 その他
4 ディスコグラフィ
5 受賞歴
6 脚注
メンバー
海原万里(現・芦川百々子、1949年11月29日 - ) - 夫はコメディアンの夢大作。
海原千里(現・上沼恵美子、1955年4月13日 - )
2人は実姉妹で、旧姓は橋本。いずれも本名と現芸名は同じ。
概略
- 幼少の頃よりラジオやテレビの素人コンクールに本名で出演。この頃父を入れてトリオで三味線持って浄瑠璃を語ったりアコーディオンを持ったり、音曲漫才をやった事もある。
- 千里の中学校卒業後の1971年に海原お浜・小浜に入門し、すでにデビュー予定であった万里が相方の失踪で急遽姉妹漫才コンビとしてデビュー。
- 1974年、フジテレビの時代劇『座頭市物語』第十八話「すっとび道中」に湯治場の仲居役で出演。千里による欧陽菲菲などの物真似が受ける。1976年には東映の大ヒット映画「トラック野郎シリーズ」の第3作『トラック野郎・望郷一番星』にドライブインの女主人役でゲスト出演、更に『銭形平次』にも姉妹でレギュラー出演。
- 1977年、千里が上沼真平(のちに関西テレビ取締役エグゼクティブプロデューサー)と結婚したため、コンビを解消し芸能界から引退した。しかし、千里は翌1978年に「上沼恵美子」名義で芸能界に復帰した。
- 姉の芦川百々子は現在主婦だが、妹の上沼の番組にゲストで出演することが多く、歌番組にも出演することがある。上沼との掛け合いは現役時代を彷彿とさせる。他の出演者からも「お姉ちゃん」と呼ばれ、気さくに応えている。
その他
- 『スター漫才選手権』(毎日放送、司会:ロイ・ジェームス)でアシスタントを担当していた。その当時はまだ無名だったが、ロイが「このコンビは絶対出世する」と言い、実際にその通りになった。
ビートたけしは女流漫才コンビのほとんどを認めていないが、例外として海原お浜・小浜と千里・万里を挙げている。特に千里・万里については「巧かった」と懐述している(高田文夫編『昭和のTVバラエティ』より。ちなみにたけし夫人も千里・万里と同時期に活躍した上方女流漫才師である)。- 当時の同世代の若者に刺激を与えた存在として、人気ロック歌手や人気俳優などと同等に並び称される。「当時、千里・万里の影響受けてない若い奴いてないん違いますか」(島田紳助)
- 『NHK歌謡コンサート』「愛あふれるデュエット名曲集」 - NHK大阪ホール -(2015年11月24日生放送)にて「大阪ラプソディー」を芦川百々子・上沼恵美子の名義として音楽番組では15年ぶりに熱唱し、姉をリードする上沼恵美子の姿が見られた。[1]
ディスコグラフィ
テイチク在籍
- 幼なじみでおないどし/いつもの散歩道(1973年)
- 初恋日記/初恋ひぐれ町(1974年)
ビクター移籍
大阪ラプソディー - 1975年にリリースされ、40万枚[2]を売り上げるヒット曲となった。現在でも大阪を歌ったご当地ソングの中で最も人気のある曲の一つである。また、飯塚雅弓、林あさ美、中澤裕子、W(ダブルユー。辻希美と加護亜依のユニット)がアルバムの中でこの曲をカバーしている。- 道頓堀行進曲/野菊の駅(1977年)
受賞歴
- 第1回上方お笑い大賞 銀賞
- 第3回NHK上方漫才コンテスト 優秀敢闘賞
脚注
^ オリコン歌謡ニュース速報(2015年11月25日)「人気のテレビ番組速報」より。
^ 『産経新聞』1994年12月12日付東京夕刊