中日クラウンズ
| 創設 | 1960年 (中部日本招待全日本アマ・プロゴルフ選手権として) |
|---|---|
| 開催地 | 愛知県 |
| 開催コース | 名古屋ゴルフ倶楽部・和合コース |
| 基準打数 | Par70(2018年)[1] |
| ヤーデージ | 6,557Yards(2018年)[1] |
| 主催 | 株式会社CBCテレビ 株式会社中日新聞社 |
| ツアー | 日本ゴルフツアー機構 |
| 競技方法 | ストロークプレー |
| 賞金総額 | 1億2000万円(2018年)[1] |
| 開催月 | 4月もしくは5月 |
| 最少打数 | 260 |
| 通算スコア | -20 |
中日クラウンズ(ちゅうにちクラウンズ、英称:The Crowns)とは日本ゴルフツアー機構(JGTO)公認の男子プロゴルフトーナメントの1つである。
目次
1 概要
2 歴代優勝者
3 テレビ放送
4 脚注
4.1 注釈
4.2 出典
5 外部リンク
概要
CBCテレビ(2013年までは中部日本放送)・中日新聞社主催で毎年4月末・5月上旬の木曜から日曜にかけての4日間、愛知県愛知郡東郷町にある名古屋ゴルフ倶楽部・和合コースで開催されている[注釈 1]。
1960年の第1回[注釈 2]から現在も続いているトーナメントであり、民間ゴルフトーナメントの草分け的存在でもある[注釈 3]。優勝者には、チャンピオンブレザーと王冠トロフィー、副賞としてスポンサーのトヨタ自動車よりクラウン[注釈 4][注釈 5][注釈 6]が贈呈され、ホールインワンを達成した選手にはやはりトヨタ自動車より「トヨタホールインワン賞」として人気車が贈呈される(アマチュアの場合は車ではなく記念品)[注釈 7][注釈 8][注釈 9][注釈 10]。2018年現在、賞金総額1億2000万円、優勝賞金2400万円[1][注釈 11]。また2009年に限り「JGTO中部スプリング・ダッシュ賞」が設けられ、当大会と東建ホームメイトカップの成績をポイント化し、2戦合計の最多得点者に1000万円の賞金が贈られた。なお、1984年から1998年大会までの優勝者には、その年の8月にアメリカ・オハイオ州アクロンの ファイアストーン・カントリークラブで行われる、NECワールド・シリーズ・オブ・ゴルフへの出場権が与えられていた。
かつては海外から一流選手を招聘し、ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤー、アーノルド・パーマー、デビッド・トムズ、リー・ジャンセン、ジャスティン・レナード、ジョン・デーリー、コリー・ペイビン、フレッド・カプルスなどが出場した。海外のメジャー大会、マスターズ・トーナメントからあまり日を置かずに開催されたこと、また、歴代優勝者を重んじたこと、加えて難攻不落と言われる和合コースでの開催、さらに一時期ではあるが、円建てのトーナメントとしては国内最高の賞金総額・優勝賞金を誇ったことから、「日本のマスターズ」あるいは「東洋のマスターズ」と呼ばれたこともあった。歴代の優勝者には、いずれも2度制覇したピーター・トムソン(1969、1972年)、グラハム・マーシュ(1977、1981年)、スコット・シンプソン(1984、1988年)に加え、グレグ・ノーマン、セベ・バレステロス、デービス・ラブ3世、ダレン・クラーク、ジャスティン・ローズなどが名を連ねている。とりわけラブ3世は、1998年の第39回で完全優勝を達成し、2位に大会新記録の8ストローク差をつけた。
第9回(1968年)には安田春雄と鈴村久による9ホールにわたるプレーオフ、第17回(1976年)にはデビッド・グラハムの大逆転優勝、青木功(1978-1980年)、尾崎将司(1995-1997年)の3連覇などが知られている。
第48回(2007年)はハワイ在住の日系人、タッド・フジカワが参加するなど開催前から話題を集めたが、グリーンの改修などで以前のような難度の高いコース設定に選手が苦しめられ予選通過ラインは8オーバーまで下がり、4日間通算でもアンダーパーで上がったのは優勝争いを繰り広げた宮瀬博文と谷口徹の2人だけ。この両者が通算2アンダー、278ストロークで並んだため18番ホールにてプレーオフを行い、宮瀬が初優勝を果たした。
第51回(2010年)は、前日まで首位と6打差の18位だった石川遼が、最終日に男子ツアータイ記録となる12バーディーを記録し、通算13アンダーで逆転優勝した。1ラウンド58は男子国内ツアー新記録で世界記録を達成した。
杉原輝雄は第1回大会から51年連続出場を続け、アーノルド・パーマーのマスターズ・トーナメントにおける同一大会連続50年出場を破る世界記録を達成したが[注釈 12]、2011年の第52回大会は体調不良を理由に欠場。連続出場記録は51回でストップした[注釈 13]。
また第52回大会では尾崎将司が64歳3ヵ月で予選を通過し、1976年の第17回大会での中村寅吉の60歳7ヵ月を上回る大会史上最年長予選通過記録を更新した[注釈 14]。
なお、愛知県では10月に「東海クラシック」[注釈 15]が行なわれるが、同一年の「中日クラウンズ」と「東海クラシック」を両方優勝した選手は、未だに一人もいない[注釈 16]。
歴代優勝者
| 回数 | 開催期間 | 優勝者名 | スコア |
|---|---|---|---|
| 第1回 | 1960年6月1日~4日 | ||
| 第2回 | 1961年 | ||
| 第3回 | 1962年 | ||
| 第4回 | 1963年 | ||
| 第5回 | 1964年 | ||
| 第6回 | 1965年 | ||
| 第7回 | 1966年 | ||
| 第8回 | 1967年 | ||
| 第9回 | 1968年 | ||
| 第10回 | 1969年 | ||
| 第11回 | 1970年 | ||
| 第12回 | 1971年 | ||
| 第13回 | 1972年 | ||
| 第14回 | 1973年4月26日~29日 | -10 (270) | |
| 第15回 | 1974年4月26日~29日 | -8 (272) | |
| 第16回 | 1975年4月26日~29日 | -8 (272) | |
| 第17回 | 1976年4月29日~5月2日 | -4 (276) | |
| 第18回 | 1977年4月28日~5月1日 | EVEN (280) | |
| 第19回 | 1978年4月27日~30日 | -10 (270) | |
| 第20回 | 1979年4月19日~22日 | -1 (279) | |
| 第21回 | 1980年5月1日~4日 | EVEN (280) | |
| 第22回 | 1981年4月30日~5月3日 | -3 (277) | |
| 第23回 | 1982年4月29日~5月2日 | -8 (272) | |
| 第24回 | 1983年4月28日~5月1日 | EVEN (280) | |
| 第25回 | 1984年4月26日~29日 | -5 (275) | |
| 第26回 | 1985年4月25日~28日 | -4 (276) | |
| 第27回 | 1986年5月1日~4日 | -6 (274) | |
| 第28回 | 1987年4月30日~5月3日 | -12 (268) | |
| 第29回 | 1988年4月28日~5月1日 | -2 (278) | |
| 第30回 | 1989年4月27日~30日 | -8 (272) | |
| 第31回 | 1990年4月19日~22日 | -4 (276) | |
| 第32回 | 1991年5月2日~5日 | -5 (275) | |
| 第33回 | 1992年4月30日~5月3日 | -10 (270) | |
| 第34回 | 1993年4月29日~5月2日 | -10 (270) | |
| 第35回 | 1994年4月28日~5月1日 | -11 (269) | |
| 第36回 | 1995年4月27日~30日 | -20 (260) | |
| 第37回 | 1996年4月25日~28日 | -12 (268) | |
| 第38回 | 1997年5月1日~4日 | -13 (267) | |
| 第39回 | 1998年4月30日~5月3日 | -11 (269) | |
| 第40回 | 1999年4月29日~5月2日 | -9 (271) | |
| 第41回 | 2000年4月27日~30日 | -8 (272) | |
| 第42回 | 2001年4月26日~29日 | -13 (267) | |
| 第43回 | 2002年5月2日~5日 | -14 (266) | |
| 第44回 | 2003年5月1日~4日 | -10 (270) | |
| 第45回 | 2004年4月29日~5月2日 | -16 (264) | |
| 第46回 | 2005年4月28日~5月1日 | -11 (269) | |
| 第47回 | 2006年4月27日~30日 | -18 (262) | |
| 第48回 | 2007年4月26日~29日 | -2 (278) | |
| 第49回 | 2008年5月1日~4日 | -9 (271) | |
| 第50回 | 2009年4月30日~5月3日 | -17 (263) | |
| 第51回 | 2010年4月29日~5月2日 | -13 (267) | |
| 第52回 | 2011年4月28日~5月1日 | -9 (271) | |
| 第53回 | 2012年4月26日~29日 | -8 (272) | |
| 第54回 | 2013年5月2日~5日 | -2 (278) | |
| 第55回 | 2014年5月1日~4日 | -11 (269) | |
| 第56回 | 2015年4月30日~5月3日 | -10 (270) | |
| 第57回 | 2016年4月28日~5月1日 | -10 (270)[注釈 17] | |
| 第58回 | 2017年4月27日~30日 | -13 (267) | |
| 第59回 | 2018年4月26日~29日 | -12 (268) |
テレビ放送
- CBCテレビをキーステーションに、TBS系列28局で同時ネット放送されており、3日目は生中継(但し延長対応は無し)、最終日は録画中継されている。[注釈 18]過去には、系列外である秋田放送・福井放送・四国放送(いずれも日本テレビ系列、録画放送扱い)・関西地区では1975年の腸捻転解消までは朝日放送(現・朝日放送テレビ。テレビ朝日系列)や、BSデジタル放送のBS-i(現・BS-TBS)にて当日夜に時差ネット放送されていた。
- 主催・制作局のCBCでは、上記全国ネットに加え、前年度大会のハイライトと事前特集番組(開催週の深夜に放送)、予選ラウンド(初日・2日目)の中継[注釈 19]、決勝ラウンド(3日目・最終日)の事前番組[注釈 20]、全ラウンドの当日深夜もしくは翌日未明[注釈 21]のハイライト番組、チャンピオンズマッチの中継録画(2014年~2016年)を、全て中京ローカルで放送している。
- また、開幕前には『クラウンズへの招待』と題した予告番組が、CBCをはじめTBS系列各局で、早朝・深夜枠を中心に放送される(放送時間は局により異なる)。
ゴルフネットワークでは「とことん1番ホール生中継」にて、参加全選手の1番ホールの模様を、生中継で行っている。2005年までは前半2日のみだったが、2006年以降は全4日間に拡大した。なお、中継内では上記『クラウンズへの招待』も随時放送される。- 2009年から2016年までは、TBS系列のゴルフ中継番組では唯一、最終日の放送が17時を跨ぐ編成となっている。
- きっかけは2009年で、この年は第50回大会を記念し、決勝ラウンド2日間を例年の2時間から2時間半と30分拡大した。最終日は15:00-17:24の放送になり、その影響で『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』と『THE NEWS』が30分繰り下げされ、『THE世界遺産』は休止になった。
- 2010年は決勝2日間は2時間の放送に戻ったが、最終日は15:30からの放送の為、前年と同じく『鋼の錬金術師 - 』と『Nスタ』が繰り下げられ、『THE世界遺産』は休止になった。
- 2010年は中部日本放送では午前に放送された最終日の事前番組『石川遼 王冠への戦い』の前半30分パート(VTR)がTBSテレビ他一部の局でも遅れネット(15:00 - 15:30)で放送された。中部日本放送では前半パート終了後に現地からの生中継(中京ローカル)に接続され、前半パートを放送した局はそのまま中部日本放送からの裏送りによる最終日の中継(全国ネット)に接続された。
- 2011年から2016年までは最終日の中継が15:00-17:24の放送(但し前半30分がCBC他一部地域のみのネットとなり、全国ネットは15:30から。例外もあり)と固定されており、アニメ枠と『Nスタ』を繰り下げ、『THE世界遺産』(2015年3月まで)→『世界遺産』(2015年4月から)が休止となっていた。
- 2014年は第55回大会を記念し、決勝ラウンドの放送時間が第50回と同様に2時間30分となった(『ハイキュー!!』と『Nスタ』は繰り下げ、『THE世界遺産』は休止)。また55回大会を記念して4月29日に行われた歴代優勝者による「チャンピオンズマッチ」の模様を最終日翌日の5月5日に中京ローカルで録画放送された。
- 2017年以降、最終日の中継は15:00-16:54の放送となった。
脚注
注釈
^ 当初は和合に加え愛知カンツリー倶楽部、三好カントリー倶楽部と3会場での持ち回り開催とされており第7回(1966年)より和合での開催が定着した。
^ 当時の大会名称は「中部日本招待全日本アマ・プロゴルフ選手権」。第7回(1966年)より現在の名称となっている。
^ JGTO公式サイトによれば、日本プロ、日本オープンに次いで3番目に古い競技という。
^ 近年の優勝副賞は別のトヨタ車になることがあるが(開催時に販売されているクラウンがモデル末期だった場合など)、第45回(2004年)以降は再びクラウンが副賞になった。余談だが以前クラウンが副賞だった時、当時テレビ中継の実況を担当していた田口豊太郎は「歴代の優勝者には日本を代表する名車、クラウンが贈られて来ました」と言っていたが第43回(2002年)から第53回(2011年)まで担当していた水分貴雅と第54回(2012年)以降、現在担当している高田寛之はクラウンの部分を外して「日本を代表する名車が贈られて来ました」と言っている。第50回(2009年)はクラウンマジェスタが贈られた。
^ 第52回(2011年)では東日本大震災によるトヨタ車の生産減少の影響により、優勝者に500万円が贈られた。
^ 第53回(2012年)ではプリウスPHVが贈られた。
^ 17番ホールのホールインワン賞はトヨタ製のプレジャーボートが副賞になっていた年があった。第50回(2009年)で井上信が2日目の13番ホールで達成。クラウンハイブリッドが贈呈されたが、井上は予選落ちした。この大会では4つすべてのショートホールでホールインワンが達成されたらクラウンが用意されていた。参考までに、4番ホールでも「ハイブリッド」、7番ホールでは「ロイヤルサルーン」、17番ホールでは「アスリート」だった。
^ 第52回では先述の事情により、300万円が贈られた。
^ 第53回では7番ホールで賞金300万円(ユピテル提供)、13番ホールでマークX、17番ホールでクラウンアスリートが贈られた。
^ 第54回は7番ホールでのホールインワン賞を廃止。そのスポンサーのユピテルはパー3を除くホールを対象としたイーグル賞の提供に移行する。
^ 2009年のみ50回記念として500万円の記念賞が別途用意された
^ ただし途中棄権が2回ある。
^ 杉原はこの後、2011年12月28日に他界している。
^ 男子ツアー制度施行後では1997年大会での杉原輝雄の59歳10ヵ月。なお日本記録は2006年4月に行われた「つるやオープン」での杉原の68歳10ヵ月。
^ CBCと同じ中日新聞系列の、東海テレビ放送・東海ラジオ放送が主催。
^ 異なる年で両大会での優勝経験のある選手は内田繁、青木功、尾崎将司、グラハム・マーシュ、宮瀬博文、星野英正、石川遼、松村道央、金亨成、Y・E・ヤンの11名。このうち、内田の当大会優勝は東海クラシックの発足前、また、石川は2009年の東海クラシック優勝の後、2010年の当大会に優勝。
^
片岡大育とのプレーオフを制す。
^ 但し、天候の影響で生中継になったこともあり、1998年の39回大会は、最終日が強い雨の為2時間近く中断したことで急遽生中継となった。この時延長対応が無かったため、優勝したデービス・ラブ3世の優勝決定の瞬間を中継できなかった。
^ 自社制作の情報生番組『ゴゴスマ -GO GO!Smile!-』は2日間とも休止(TBSなど、2015年度以降に番販ネット開始したネット局向けに裏送りも行われない)。
^ 最終日の事前番組は午前中に放送されるため、当日の『サンデージャポン』はCBCのみ放送休止。
^ 初日以外は基本的に翌日未明。
出典
- ^ abcdef“Y・E・ヤンが優勝 ツアー通算5勝目/国内男子”. サンケイスポーツ. (2018年4月29日). http://www.sanspo.com/golf/news/20180429/jgt18042915230004-n1.html 2018年4月29日閲覧。
^ “金庚泰が今季2勝目一番乗り 片岡大育はプレーオフで敗れる”. ゴルフダイジェスト・オンライン. (2016年5月1日). http://news.golfdigest.co.jp/jgto/5401/article/62827/5/?car=top_nw_t02 2016年5月1日閲覧。
^ “宮里優作ツアー4勝目 最終ホールでVロングパット”. 日刊スポーツ. (2017年4月30日). http://www.nikkansports.com/sports/golf/news/1815825.html 2017年4月30日閲覧。
外部リンク
中日クラウンズ(CBCウェブサイト内の公式ページ)
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