架空電車線方式
架空電車線方式 (かくうでんしゃせんほうしき、がくうでんしゃせんほうしき)とは、電気鉄道の集電方式のひとつである。車両が通る空間の上部に架線を張り、ここからパンタグラフなどの集電装置によって集電する方式である。架線集電方式ともいい、架線はトロリ線、電車線などと呼ばれる。
トロリーバスは架空電車線方式、鉄道では架空電車線方式と第三軌条方式がほとんどであり、新交通システムも第三軌条方式からの発展形である。
目次
1 概要
2 分類
2.1 直接吊架式(直吊架線方式)
2.2 カテナリー吊架式
2.2.1 シンプルカテナリー式
2.2.2 ツインシンプルカテナリー式
2.2.3 ダブルメッセンジャーシンプルカテナリー式
2.2.4 コンパウンドカテナリー式
2.2.5 合成コンパウンドカテナリー式
2.3 饋電吊架式
2.4 剛体架線式
3 自動張力調整装置
3.1 重錘式
3.2 ばね式
4 脚注・出典
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
概要
基本的な構造としては、鉄道車両などの集電装置(パンタグラフ)と接触して電力を供給するためのトロリ線、それを吊し又は支持するためのハンガイヤー・ドロッパ・吊架線・懸垂碍子・吊り金具である振止金具と曲線引き金具、それらを支持する電柱・ビーム・可動ブラケットなどの支持物で構成されている。直流電化区間では、確実な送電のために、変電所から「饋電線(きでんせん)」が架線に沿って敷設され、標準で250 m ごとに饋電分岐線(フィードイーヤ)によりトロリ線に接続される。トロリ線を吊り下げる方式のため、トロリ線の重量により弛みが生じ、支持間隔が長く、重量が重く、張力が低いほど、その弛みが大きくなる。車両の速度が低い場合には、トロリ線の弛みが多少大きくても、集電装置のトロリ線に対する追随性には問題ないが、車両の速度が高い場合には、集電装置(パンタグラフ)の上下動が激しくなって、トロリ線から離線するなどの障害を起こしやすくなる。そのため、架線には適切な張力を与える必要がある。
集電装置がトロリ線を通過する時には、トロリ線は押上げられ、通過後は自由振動を起こした後に振動は減衰していく。架線には押上げばね定数があり、架線を支持する支持点では大きく、支持点の間の中間付近での径間中央では小さいため、集電装置が通過する際には、支持点では架線の押上がり量が小さく、径間中央では押上がり量が大きい、そのため、集電装置は上下変動を繰り返しながら進んでいくようになる。
材質には、饋電線には硬銅より線・硬アルミより線が使用される。トロリ線には主に硬銅トロリ線が使用されるが、耐熱性を上げた銀入り銅トロリ線、新幹線の高速区間用として、銅に鋼心を入れたCSトロリ線、耐摩耗性に優れた錫入り銅・析出強化銅合金(PHC)トロリ線がある。吊架線には一般には亜鉛メッキ鋼より線が使用されているが、饋電吊架式とCSトロリ線を使用してのシンプルカテナリー方式(後述)では、硬銅より線が使用されている。トロリ線の断面形状には、形円形・溝形円形・異形などがあるが、日本では溝形円形が使用されている。断面積は、在来線の本線用が110 mm2、在来線の側線用が85 mm2、新幹線用は170 mm2が使用されており、引っ張り強さに対する安全係数は硬銅トロリ線で2.2、CSトロリ線で2.5としている。また、トロリ線には、流れる負荷電流、抵抗損、集電装置の摺板の接触抵抗、停車中に列車の補機類の使用により流れる補機電流により、温度が上昇するため、許容温度が定められており、トロリ線で90 ℃、ほかの裸電線で100 ℃としている。
架線は集電装置の摺板の磨耗が偏らないよう、摺板に対して横方向に蛇行して張られており[1]、それによるレール中心に対する架線の左右の片寄りを偏位と言う。実際には、直線区間では振止金具を、曲線区間では曲線引き金具を使用して、トロリ線とビーム・可動ブラケットの間に取付けることにより、トロリ線に左右の偏位をつけさせるとともに架線を保持させる。また、集電装置の摺板の摩擦でトロリ線も磨耗するため、トロリ線の使用限度が決められている。電圧が高い交流電化区間では、直流電化区間より架線を支持する懸垂碍子の個数や可動ブラケットと電柱の間に取付けられている長幹碍子の段数が増やされる。
また架線の望ましい条件として次のことが挙げられる。
自重に加え強風による横荷重や積雪と結氷の付着による垂直荷重に耐えられる。- 一様の同程度のたわみ性があり硬点がない。
- パンタグラフによる押上がり量が小さく車両への給電が円滑である。
- 支持物の構造が簡素で信頼性と耐久性が高い。
建設費が軽減できて保守もしやすい。
架線のトロリ線までの高さは、軌道上面から5,100mmを標準として、最低4,550mmから最高5,400mmとしているが、狭いトンネル内(狭小建築限界トンネル、剛体架線の区間、ミニ地下鉄)ではこれよりも低くなることがある。また、桜木町事故以降、架線の断線による列車火災を防止するため、折りたたんだ集電装置と架線との距離を直流1500Vの場合は250 mm 以上(ミニ地下鉄では150 mm)とすることや、車両の屋根を絶縁体で覆うことが決められている。また、トロリ線の偏位は、曲線での架線の偏位なども関連して、軌道中心から左右で最大250 mm(新幹線は300 mm)としている。また、集電装置とトロリ線の間の高低差は、少ないのが望ましく、高低差を架線の支持点間隔で割った値において、本線では3/1000以下とし、側線では15/1000以下にとなるようにしている。
架線を支持する電柱には、木柱・コンクリート柱・鋼管柱・鉄柱などがあり、電柱の設置間隔は50m程度であるが、曲線区間などでは短縮される。レールを挟んで向い合う2本の電柱の間に取付けられ、懸垂碍子・吊架線・トロリ線を吊し又は支持するビームには、固定ビーム・スパン線ビーム・鋼管ビームがあり、他に電柱に直接取付けて、その接合部を中心に自由に回転して、架線の移動に追随できる構造の可動ブラケットがある。
線路が交差するポイント箇所では、架線も交差させる必要があり、2つのカテナリー吊架式の架線が交差する場合では、2つの交差するトロリ線相互の位置関係を保持するために、トロリ線の交差部に交差金具を取り付けて機械的に接続され吊架線の交差部に巻付グリップが巻かれるほか、交差する吊架線同士と吊架線とトロリ線の間にコネクタ、交差するトロリ線同士に交差用のフィードイヤーが取付けられて電気的に接続される。これらは交差式わたり線装置と呼ばれており、交差金具はトロリ線で機械的に接続する一段式とトロリ線と吊架線の2つを機械的に接続する二段式があり、前者は在来線(普通鉄道)で使用され、後者は新幹線で使用されている。また、交差式わたり線装置は、本線を通過する列車のパンタグラフに対して硬点となるため、本線用のトロリ線と側線用のトロリ線とが交差しない無交差式わたり線装置が開発されており一部の新幹線に使用されている。
架線(電化区間)の終端には架線終端標識が設置される。
分類
架線柱等からの吊架方式により、以下の分類がある。
直接吊架式(直吊架線方式)
吊架線を設けず、トロリ線のみを直接吊したもの。費用が安くて済み、列車速度は50 km/h 以下に制限されるが、離線しにくい構造にした場合には、85 km/h 以下に引き上げられる。路面電車やトロリーバスといった路面交通で一般的に使用されているほか、鉄道線であってもコストダウンのため、運転密度や最高運転速度の低い閑散線区で採用される例がある。日本では、弥彦線・越後線・和歌山線、境線のそれぞれ一部区間、土讃線の電化区間など、日本国有鉄道末期に電化されたローカル線や、銚子電気鉄道線にその例がある。
カテナリー吊架式
カテナリー = Catenary とは懸垂線の意味。
シンプルカテナリー式
最も多く用いられる代表的な架線である。パンタグラフが接触する部分であるトロリ線と、トロリ線をハンガーと呼ばれる金属線(5 m 間隔で設置)を吊架線で吊して支持する構造となっており、列車速度は100 km/h 程度までに制限される。なお、この方式にて地方の幹線などでメンテナンス頻度の低減を狙ってトロリ線・吊架線を特に太くし、張力を高めたものを「ヘビーシンプルカテナリー式」と呼び、列車速度は130 km/h 程度までに引き上げられる。なお材質は吊架線は亜鉛メッキ鋼線を、トロリ線は溝付硬銅線を使用している。
最近の新幹線では、高速シンプルカテナリー式が採用されており、銅に鋼心を入れた複合構造として機械的強度を高めるとともに、波動伝播速度を向上させた[2]CSトロリ線を使用して、300km/h走行まで対応が可能な性能を持つCSシンプルカテナリー式と無酸素銅にクロムとジルコニウムなどを添加して、CSトロリ線と同等の強度を持ち、導電率が高く、硬度が大きいため摩耗率が低く、摩耗時でのトロリ線の張替周期の延長やリサイクル性が高いなどの特徴を持つ、析出強化型銅合金トロリ線(PHC)を使用して、350km/h域走行までの対応が可能な高速性と経済性と両立したPHCシンプルカテナリー式の2つがある。PHCシンプルカテナリー式では、吊架線とトロリ線の間に、高速性の確保とトロリ線の局部摩耗の低減のため、ダンパハンガー線とコネクティングハンガー線を取付けている。
CSシンプルカテナリー式は、1997年以降に開業した北陸新幹線の高崎-長野間、九州新幹線の新八代-鹿児島中央間、東北新幹線の盛岡-八戸間で使用されており、PHCシンプルカテナリー式は2010年以降に開業した東北新幹線の八戸-新青森間、九州新幹線の新八代-博多間、北陸新幹線の長野-金沢間、北海道新幹線で使用されている[3]。
ツインシンプルカテナリー式
シンプルカテナリー方式の架線を2組並べたもの。デュアル、あるいはダブルシンプルカテナリー式とも呼ばれる。100 mm 間隔で架線に並列して架設しており、シンプルカテナリー式とほぼ同じ設備で負荷電流を増大できる。なお、列車速度は140 km/h 程度までに制限される。運転密度の高い大都市圏の路線や幹線、連続急勾配区間(瀬野八上り線)で使用されている。
ダブルメッセンジャーシンプルカテナリー式
吊架線を横に2本並べたもの。風による影響が小さくなるため支持間隔を長くすることができる。
コンパウンドカテナリー式
パンタグラフによるトロリ線の押し上げ量を平均化する目的で、吊架線とトロリ線の間に補助用吊架線を追加し、それを吊架線がドロッパー(10m間隔で設置)で支持して、補助用吊架線がハンガー(5 m 間隔で設置)でトロリ線を支持する方式。高速走行時の離線が少なく集電容量も増加するため、運転密度が高く高速走行する路線(JR神戸線、関西空港線、近鉄大阪線、阪急京都線(宝塚線の東側複線を含む)・神戸線、阪神本線、南海本線・空港線など)で使用されている。新幹線(九州・北陸・北海道新幹線と東北新幹線の一部を除く)では、線を特に太くし、張力を高めた「ヘビーコンパウンドカテナリー式」が採用されており、列車速度は、コンパウンドカテナリー式の場合は160 km/h 程度までに制限されるが、ヘビーコンパウンドカテナリー式の場合は200 km/h 以上まで引き上げられる。
合成コンパウンドカテナリー式
東海道新幹線では開業当初、高速で通過する集電装置による架線の振動を減衰させるために、コンパウンドカテナリー方式の吊架線と補助吊架線の間のドロッパー(10m間隔で設置)に合成素子(ばねとダンパーの機能を兼ね備えたハンガー)を挿入した合成コンパウンドカテナリー式が採用されたが、合成素子の重量による強風の際の架線系全体の揺れが大きく、事故が多発したため、後にヘビーコンパウンドカテナリー式に改修された。
現在では京浜急行電鉄本線において見られる。
饋電吊架式
カテナリー式の吊架線を、太く電流が流れやすい線条として「饋電線」と兼用させたものを饋電吊架式(フィーダーメッセンジャー)と呼んでいる。そのため、吊架線は饋電線と同じ硬銅より線を使用している。例として、中央本線などの狭小トンネルで使用される π 架線方式がある。饋電吊架式の大きな利点として、線条数や部品点数を削減できることから、地下区間のほか、地下区間外(トンネル外)でも適用が進んでおり、東日本旅客鉄道(JR東日本)の「インテグレート架線」、西日本旅客鉄道(JR西日本)の「ハイパー架線」などの開発名称がつけられている例がある。また、成田スカイアクセス線の新規建設区間である印旛日本医大駅-根古屋信号場間では、饋電吊架式としては初の160km/h走行に対応が可能な饋電吊架コンパウンドカテナリー式が採用されている[3]。
剛体架線式
鋼材を直接トロリ線とするものや、鋼材に直接トロリ線をつけたものを「剛体架線式」と呼び、断線しにくいという特徴を持つ。カテナリー吊りのスペースを取れない地下鉄などの地下路線での採用例が多い。架線の柔軟性が無いためにパンタグラフの離線が多く、列車速度は90 km/h 以下に制限されるが、高速走行に対応できる電車線及びパンタグラフを使用する場合には、130 km/h 以下に引き上げられる。そのため、JRや大手私鉄での採用区間では、当該区間を走行する際は、車両のパンタグラフを2基とも使用するなど、その数を増やすことによって対応していることが多い。近畿日本鉄道ではこの弱点を克服するため、剛体架線にカテナリー付きとした独自の剛体架線を採用し、新青山トンネルや近鉄難波線などのトンネルや地下区間で採用している。
自動張力調整装置
トロリ線は気温や日照の変動、流れる負荷電流による発熱により伸縮するため、たるみが発生すると集電装置の集電状況が悪化して、トロリ線の磨耗を異常に促進したり、逆に高い張力になると断線する恐れがある、そのため、架線の張力を常に一定の値に調整することが必要となる。そこで、自動張力調整装置、テンションバランサなどとも呼ばれる装置を架線に取付けて、架線の張力を自動的に一定の値に調整している。一般的な架線の張力の値としては、在来線が9.8 kN(くだいて言えば1トン)、新幹線は19.6 kNとしている。一定間隔毎に設置されており、架空電車線の長さが800 m未満の場合は片側、800 m 以上1,600 m 未満の場合は両側に設置する。そのため、架空電車線同士の境目ができてしまうので、そこを電気的に接続しておく必要がある。接続の方法としては、架空電車線同士を少しの間平行に設置して、架空電車線同士をコネクタ(金具)で接続する方法で電気的に接続するため、車両側から見れば架空電車線が入れ替わるように見える。
重錘式
「じゅうすいしき」と読む。最も広く用いられているタイプで、滑車とつりあい錘(すい)の量によって架空線の張力を調整する。滑車は錘に繋がる大滑車と架線に繋がる小滑車の2つが同軸に固定されている。
ばね式
ばねの縮む力によって架空線の張力を調整するタイプ。駅終端部やカーブ区間のほか、重錘式の設置が難しい箇所から普及が始まったが、JR各社は重錘式をばね式で更新しており、使用箇所の区別は無くなりつつある。
脚注・出典
^ 集電装置の摺板に対してトロリ線が一定位置のままだと、摺板のその位置のみが摩耗するためである
^ 架線において高速性に対応するためには、トロリ線の波動伝播速度を向上させることが必要である- ^ ab"最近実用化された新しい架線方式" (PDF). 鉄道総合技術研究所電力技術研究部. 2011-11-25. Archived from the original (PDF) on 2013-04-20. 2011-11-25閲覧.
参考文献
- 久保田 博「鉄道工学ハンドブック」グランプリ出版 1995年 ISBN 4-87687-163-9
- 持永 芳文「電気鉄道技術入門」 オーム社 2007年 ISBN 978-4-274-50192-0
- 鉄道電気読本 改訂版 日本鉄道電気技術協会 ISBN 978-4-931273-65-8
関連項目
- 第三軌条方式
- デッドセクション
- エアセクション
- カテナリー曲線
外部リンク
- 日本鉄道電気設計 / 業務概要
3次元構造に対応した架線・パンタグラフ運動シミュレーション - 鉄道総合技術研究所・RRR(2015.12 Vol.72 No.12/2016年1月24日閲覧)
張力調整装置(滑車式)の状況 (PDF) 平成17年度 国土交通省