蒲生郡
蒲生郡(がもうぐん)は、滋賀県(近江国)の郡。
人口33,320人、面積162.15km²、人口密度205人/km²。(2018年10月1日、推計人口)
下記の2町を含む。
日野町(ひのちょう)
竜王町(りゅうおうちょう)
目次
1 郡域
2 歴史
2.1 近世以降の沿革
2.2 町村制以降の沿革
2.3 変遷表
3 脚注
4 参考文献
5 関連項目
郡域
1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。
- 竜王町の全域
- 日野町の大部分(下駒月を除く)
近江八幡市の大部分(江頭町・十王町・小田町・野村町・佐波江町・丸の内町を除く)
東近江市の一部(五個荘清水鼻町および小脇町、中野町、昭和町、西中野町、東中野町、青葉町、春日町、幸町、東沖野、札の辻、尻無町、大森町、上大森町、瓜生津町、石谷町、一式町、市原野町、高木町、上二俣町、甲津畑町以南[1])
歴史
近世以降の沿革
- 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。●は村内に寺社領が、○は村内に寺社除地[2]が存在。(4町228村)
幕末の知行
知行 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|
幕府領 | 幕府領(大津代官所) | 3町 51村 | 弓削村、薬師村、南津田村、津田栄新田、大房新田、東畑中新田、小西新田、牧村新田、田中江十林寺新田[3]、●○八幡町[4]、比牟礼新田、梅原新田、洞覚院新田[5]、林村(現・近江八幡市)、岩倉村、友定村、中屋村、小中村、八幡新田、山下新田、浦保新田、内野村、糠塚村、小脇村[6]、今在家村、西古保志塚村、柏木村、下平木村、布施村、西生来村、綺田村、平林村、蒲生堂村、岡本村、三十坪村、下迫村、松尾町、●村井町、佐久良村、野出村、蓮花寺村、奥之池村、安部居村、奥師村、中之郷村、林村(現・日野町)、南村、下二俣村[7]、瓜生津村、石谷村、一式村、高木村、池之脇村、市原野村、新出村 |
幕府領(彦根藩預地) | 5村 | ●沖島村、中之庄村、北津田村、奥島村、王ノ浜村 | |
旗本領 | 43村 | 山中村、七里村、信濃村、池田村、小船木村、大房村、西鍛冶村、西出村、西畑中村、東畑中村、東中小路村、西中小路村、小西村、牧村、田中江村、十林寺村[8]、北之庄村、○浅小井村、上平木村、東老蘇村、中羽田村、下羽田村、稲垂村、市子沖村[9]、市子松井村[9]、市子川原村[9]、市子殿村[9]、田井村、大森村、下麻生村、上麻生村、中山村、石原村、小谷村、小御門村、野口村、清水脇村、木津村、北畑村、寺尻村、原村、尻無村、下大森村 | |
幕府領・旗本領 | 9村 | 橋本村、古川村、浄土寺村、上畑村、下小房村、木村、横山村、大塚村、上大森村 | |
藩領 | 大和郡山藩[10] | 20村 | 林村(現・東近江市)、駕輿丁村、島村、綾戸村、八木村、東村、船木村、寺内村、多賀村、西庄村[11]、市井村、宇津呂村、●中村、倉橋部村、杉森村、大手村、香庄村、慈恩寺村[12]、●常楽寺村、清水鼻村 |
近江西大路藩 | 17村 | 鏡村、山面村、岩井村、森尻村、安養寺村、西本郷村、桑実寺村、上豊浦村、下豊浦村、上小房村、外原村、鋳物師村、五反田村、大谷村、西大路村、小井口村、上駒月村 | |
武蔵川越藩 | 18村 | 千僧供村、新巻村、武佐村、石寺村、寺村、宮川村、内池村、猫田村、別所村、野田村(現・日野町)、松尾山村、川原村、西明寺村、熊野村、平子村、南蔵王村、鎌掛村、甲津畑村 | |
陸奥仙台藩[13] | 8村 | 中野村、金屋村、今堀村、小今在家村、蛇溝村、東古保志塚村、●石塔村、上羽田村 | |
近江水口藩 | 1町 6村 | 新堂村、下南村、大窪町[14]、北蔵王村、音羽村、仁本木村、○河原村 | |
尾張名古屋藩 | 3村 | 山之上村、山本村、鳥居平村 | |
山城淀藩 | 3村 | 長福寺村、芝原村、○土器村 | |
丹後宮津藩 | 3村 | 中在寺村、小野村、庄村(現・日野町) | |
近江宮川藩 | 1村 | 上迫村 | |
近江山上藩 | 1村 | 上二俣村 | |
上野前橋藩 | 1村 | 深山口村 | |
讃岐丸亀藩 | 1村 | 野田村(現・近江八幡市) | |
西大路藩・川越藩 | 2村 | 上田村、十禅師村 | |
西大路藩・川越藩・名古屋藩 | 1村 | 上野田村 | |
西大路藩・名古屋藩 | 1村 | 西川村 | |
淀藩・川越藩 | 1村 | 鈴村 | |
幕府領・藩領 | 幕府領(大津)・郡山藩 | 1村 | 鷹飼村 |
幕府領(大津)・郡山藩・淀藩 | 1村 | 中小森村 | |
幕府領(大津)・西大路藩 | 1村 | 須恵村 | |
幕府領(大津)・川越藩 | 2村 | 川合村、増田村 | |
幕府領(大津)・宮津藩 | 2村 | 小口村、葛巻村 | |
幕府領(彦根)・宮川藩 | 2村 | 白部村[15]、円山村[16] | |
幕府領(大津)・名古屋藩 | 1村 | 田中村 | |
幕府領(大津)・和泉伯太藩 | 2村 | 竹村、西宿村 | |
幕府領(大津)・旗本領・郡山藩・川越藩 | 1村 | 東横関村 | |
幕府領(大津)・旗本領・西大路藩 | 1村 | 三津屋村 | |
幕府領(大津)・旗本領・西大路藩・川越藩 | 1村 | 川上村 | |
幕府領(大津)・旗本領・西大路藩・川越藩・山上藩 | 1村 | 宮井村 | |
幕府領(大津)・旗本領・西大路藩・淀藩 | 1村 | 御所内村 | |
幕府領(大津)・旗本領・川越藩 | 1村 | 長光寺村 | |
幕府領(大津)・旗本領・川越藩・仙台藩[13] | 1村 | 北脇村 | |
幕府領(大津)・旗本領・川越藩・山上藩 | 1村 | 川守村 | |
幕府領(大津)・旗本領・仙台藩[13] | 1村 | 西老蘇村 | |
旗本領・郡山藩 | 1村 | 東鍛冶村 | |
旗本領・西大路藩 | 1村 | ○西横関村[17] | |
旗本領・川越藩 | 2村 | 東川村、上南村 | |
旗本領・川越藩・宮津藩・山上藩 | 1村 | 馬淵村 | |
旗本領・宮川藩 | 2村 | 庄村(現・東近江市)、土田村 | |
旗本領・名古屋藩 | 1村 | 岡屋村 | |
旗本領・丹後峰山藩 | 1村 | 鵜川村 | |
その他 | 門跡領(随心院) | 1村 | 九之里村 |
公家領(今出川家)・丸亀藩 | 1村 | ●○長田村 | |
寺社領 | 1村 | 須田村 |
慶応4年
3月7日(1868年3月30日) - 大津代官所に大津裁判所が設置され、幕府領を管轄。
6月4日 (旧暦)(1868年7月23日) - 戊辰戦争の処分により仙台藩が減封となり、郡内の領地が大津県の管轄となる。
4月28日(1868年5月20日) - 大津裁判所の管轄地域が大津県の管轄となる。
明治3年- 2月 - 旗本領が大津県の管轄となる。
- 10月 - 丸亀藩[18]領が大津県の管轄となる。
- 明治4年
- 4月 - 彦根藩預地が大津県の管轄となる。
7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により、藩領が郡山県、西大路県、川越県、水口県、宮川県、名古屋県、淀県、宮津県、山上県、前橋県、伯太県、峰山県の管轄となる。- 10月 - 公家領・門跡領が大津県の管轄となる。
11月2日(1871年12月13日) - 第1次府県統合により、宮津県・峰山県の管轄地域が豊岡県の管轄となる。
11月14日(1871年12月25日) - 第1次府県統合により、川越県の管轄地域が入間県の管轄となる。
11月22日(1872年1月2日) - 第1次府県統合により、全域が大津県の管轄となる。
- 明治5年(4町227村)
1月19日(1872年2月27日) - 大津県が改称して滋賀県となる。- 浦保新田が下豊浦村に合併。
- 明治7年(1874年)(4町206村)
- 常楽寺村の一部(常楽寺山・南腰越・観音寺山の南側の集落)が分立して上出村となる。
- 津田栄新田が南津田村に、大房新田が大房村に、牧村新田が牧村に、梅原新田が北之庄村に、岩倉村が馬淵村に、八幡新田が常楽寺村に、山下新田が須田村にそれぞれ合併。
- 東畑中新田・小西新田・西鍛冶村・西出村・西畑中村・東畑中村・東中小路村・西中小路村・小西村・寺内村・東鍛冶村が合併して加茂村となる。
- 東古保志塚村・西古保志塚村が合併して市辺村となる。
- 下迫村・上迫村が合併して迫村となる。
- 清水脇村・五反田村が合併して清田村となる。
- 大手村・九之里村が合併して金剛寺村となる。
- 新堂村・下南村が合併して合戸村となる。
- 3ヶ所存在した林村のうち2村が大林村(現・近江八幡市)、杉村(現・日野町)にそれぞれ改称。
- 2ヶ所存在した野田村のうち1村(現・日野町)が改称して日田村となる。
- 2ヶ所存在した庄村のうち1村(現・日野町)が改称して杣村となる。
- 今在家村が今崎村に、小今在家村が小今村に、南村が柴原南村に、野口村が里口村に、河原村が日野河原村にそれぞれ改称。
- 明治8年(1875年)(4町203村)
- 西生来村の一部が分立して南野村となる。
- 田中江十林寺新田・十林寺村が田中江村に、比牟礼新田が円山村に、松尾山村が松尾町にそれぞれ合併。
- 明治9年(1876年) - 中山村の一部が分立して豊田村となる。(4町204村)
- 明治12年(1879年)(4町204村)
5月16日 - 郡区町村編制法の滋賀県での施行により、行政区画としての蒲生郡が発足。郡役所を八幡北元町の本願寺八幡別院に設置。- 桑実寺村の一部(枝郷北山村)が分立して宮津村となる。
- 王ノ浜村・白部村が合併して白王村となる。
- 明治15年(1882年) - 須田村が所属郡を変更・改称して神崎郡南須田村となる。(4町203村)
町村制以降の沿革
明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。
八幡町(八幡町[19]が単独町制。現・近江八幡市)
岡山村 ← 田中江村、加茂村、牧村、大房村、南津田村、船木村、小船木村(現・近江八幡市)
桐原村 ← 中小森村、八木村、森尻村、古川村、安養寺村、池田村、東村、竹村(現・近江八幡市)
宇津呂村 ← 大林村、中村、宇津呂村、市井村、多賀村、北之庄村、土田村(現・近江八幡市)
島村 ← 奥島村、円山村、白王村、北津田村、中之庄村、長命寺村[20]、沖島村(現・近江八幡市)
金田村 ← 金剛寺村、西本郷村、鷹飼村、上田村、杉森村、長田村、西庄村、浅小井村(現・近江八幡市)
安土村 ← 常楽寺村、香庄村、慈恩寺村、中屋村、上出村、小中村、上豊浦村、宮津村、桑実寺村、下豊浦村(現・近江八幡市)
老蘇村 ← 石寺村、内野村、東老蘇村、西老蘇村(現・近江八幡市)、清水鼻村(現・東近江市)
武佐村 ← 武佐村、長光寺村、西宿村、御所内村、友定村、西生来村、南野村、野田村(現・近江八幡市)
馬淵村 ← 馬淵村、東横関村、千僧供村、東川村、上畑村、倉橋部村、浄土寺村、新巻村、長福寺村(現・近江八幡市)
鏡山村 ← 山中村、岡屋村、小口村、薬師村、七里村、鵜川村、橋本村、川上村、弓削村、須恵村、西川村、西横関村、鏡村、山面村(現・竜王町)
苗村 ← 山之上村、岩井村、川守村、林村、庄村、信濃村、駕輿丁村、島村、綾戸村、田中村(現・竜王町)
平田村 ← 上平木村、下平木村、柏木村、下羽田村、中羽田村、上羽田村(現・東近江市)
市辺村 ← 市辺村、糠塚村、野口村[21]、三津屋村、布施村、蛇溝村(現・東近江市)
中野村 ← 中野村、小脇村[辻組を除く]、今崎村、今堀村、小今村(現・東近江市)
桜川村 ← 川合村、木村、稲垂村、下小房村、上小房村、寺村、綺田村、平林村、石塔村(現・東近江市)
朝日野村 ← 市子沖村、市子松井村、市子川原村、市子殿村、上南村、合戸村、横山村、葛巻村、宮井村、外原村、宮川村、蒲生堂村、鈴村、大森村、田井村、大塚村、下麻生村、上麻生村、岡本村、鋳物師村(現・東近江市)
北比都佐村 ← 猫田村、十禅師村[22]、内池村、山本村、小御門村、三十坪村、小谷村、石原村、増田村、中山村、豊田村、里口村(現・日野町)
南比都佐村 ← 迫村、清田村、別所村、深山口村、上駒月村、甲賀郡下駒月村(現・日野町)
鎌掛村(単独村制。現・日野町)
日野町 ← 大窪町、村井町、松尾町、大谷村、上野田村、日田村、木津村、日野河原村、小井口村、寺尻村(現・日野町)
西大路村 ← 西大路村、仁本木村、音羽村、北畑村、西明寺村、北蔵王村、南蔵王村、平子村、熊野村(現・日野町)
桜谷村 ← 原村、川原村、杉村、杣村、小野村、奥師村、鳥居平村、中之郷村、佐久良村、奥之池村、安部居村、中在寺村、北脇村、蓮花寺村、野出村(現・日野町)
市原村 ← 甲津畑村、池之脇村、上二俣村、高木村、市原野村、新出村、一式村、石谷村(現・東近江市)
玉緒村 ← 芝原村、柴原南村、下二俣村、尻無村、下大森村、上大森村、土器村、瓜生津村(現・東近江市)- 金屋村および小脇村[辻組]が神崎郡八日市町の一部となる。
- 明治27年(1894年)5月12日 - 桜谷村が分割され、一部(原・川原・杉・杣・小野・奥師・鳥居平・中之郷・佐久良・奥之池)に東桜谷村が、残部(安部居・中在寺・北脇・蓮花寺・野出)に西桜谷村がそれぞれ発足。
- 明治31年(1898年)4月1日 - 郡制を施行。
大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
昭和8年(1933年)3月3日 - 宇津呂村が八幡町に編入。- 昭和26年(1951年)4月1日 - 島村が八幡町に編入。
- 昭和27年(1952年)3月21日 - 中野村が神崎郡八日市町と合併し、改めて神崎郡八日市町が発足。
- 昭和29年(1954年)
3月31日 - 八幡町・岡山村・金田村・桐原村・馬淵村が合併して近江八幡市が発足し、郡より離脱。- 4月1日 - 安土村・老蘇村が合併して安土町が発足。
- 昭和29年(1954年)8月15日 - 平田村・市辺村・玉緒村が神崎郡御園村・建部村・八日市町と合併して八日市市が発足し、郡より離脱。
- 昭和30年(1955年)
1月1日 - 安土町の一部(清水鼻)が神崎郡旭村・南五個荘村・北五個荘村と合併して神崎郡五個荘町が発足。
3月16日 - 日野町・東桜谷村・西桜谷村・西大路村・鎌掛村・南比都佐村・北比都佐村が合併し、改めて日野町が発足。
4月1日- 朝日野村・桜川村が合併して蒲生町が発足。
- 市原村が神崎郡永源寺村と合併して神崎郡永源寺町が発足。
4月29日 - 苗村・鏡山村が合併して竜王町が発足。
- 昭和33年(1958年)2月1日 - 武佐村が近江八幡市に編入。
平成18年(2006年)1月1日 - 蒲生町が東近江市に編入。- 平成22年(2010年)3月21日 - 安土町が近江八幡市と合併し、改めて近江八幡市が発足。
変遷表
自治体の変遷
明治22年4月1日 | 明治22年 - 大正15年 | 昭和1年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和29年 | 昭和30年 - 昭和64年 | 平成1年 - 現在 | 現在 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
八幡町 | 八幡町 | 八幡町 | 八幡町 | 昭和29年3月31日 近江八幡市 | 近江八幡市 | 近江八幡市 | 近江八幡市 | 近江八幡市 |
宇津呂村 | 宇津呂村 | 昭和8年3月3日 八幡町に編入 | ||||||
島村 | 島村 | 島村 | 昭和26年4月1日 八幡町に編入 | |||||
岡山村 | 岡山村 | 岡山村 | 岡山村 | |||||
金田村 | 金田村 | 金田村 | 金田村 | |||||
桐原村 | 桐原村 | 桐原村 | 桐原村 | |||||
馬淵村 | 馬淵村 | 馬淵村 | 馬淵村 | |||||
武佐村 | 武佐村 | 武佐村 | 武佐村 | 昭和33年2月1日 近江八幡市に編入 | ||||
安土村 | 安土村 | 安土村 | 昭和29年4月1日 安土町 | 安土町 | 平成22年3月21日 近江八幡市 | |||
老蘇村 | 老蘇村 | 老蘇村 | ||||||
鏡山村 | 鏡山村 | 鏡山村 | 鏡山村 | 昭和30年4月29日 竜王町 | 竜王町 | 竜王町 | ||
苗村 | 苗村 | 苗村 | 苗村 | |||||
中野村 | 中野村 | 中野村 | 昭和29年3月21日 神崎郡 八日市町の一部 | 昭和29年8月15日 八日市市 | 八日市市 | 平成17年2月11日 東近江市 | 東近江市 | |
市辺村 | 市辺村 | 市辺村 | 市辺村 | |||||
玉緒村 | 玉緒村 | 玉緒村 | 玉緒村 | |||||
平田村 | 平田村 | 平田村 | 平田村 | |||||
市原村 | 市原村 | 市原村 | 市原村 | 昭和30年4月1日 神崎郡 永源寺町の一部 | ||||
桜川村 | 桜川村 | 桜川村 | 桜川村 | 昭和30年4月1日 蒲生町 | 平成18年1月1日 東近江市に編入 | |||
朝日野村 | 朝日野村 | 朝日野村 | 朝日野村 | |||||
日野町 | 日野町 | 日野町 | 日野町 | 昭和30年3月16日 日野町 | 日野町 | 日野町 | ||
北比都佐村 | 北比都佐村 | 北比都佐村 | 北比都佐村 | |||||
南比都佐村 | 南比都佐村 | 南比都佐村 | 南比都佐村 | |||||
鎌掛村 | 鎌掛村 | 鎌掛村 | 鎌掛村 | |||||
西大路村 | 西大路村 | 西大路村 | 西大路村 | |||||
桜谷村 | 明治27年5月12日 東桜谷村 | 東桜谷村 | 東桜谷村 | |||||
明治27年5月12日 西桜谷村 | 西桜谷村 | 西桜谷村 |
脚注
^ 八日市市街の住居表示実施地区については不詳。
^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
^ 記載は「田中江村新田/田中江新田/十林寺村新田」。
^ 八幡各町の総称。記載は八幡村。本項では便宜的に1町として数える。
^ 詳細不明。本項では村数に数えない。
^ 小脇村・成願寺村に分かれて記載。「角川日本地名大辞典」では成願寺村・脇村・鳥居前村・宿村・今里村・辻村(以上彦根藩領)・野口村(支配不明)の7村が明治7年に合併して小脇村となったとしているが、本項では「旧高旧領取調帳」に従って幕府領1村として扱う。
^ 「旧高旧領取調帳」では幕府領の二俣村と記載されているが、「角川日本地名大辞典」では彦根藩領。
^ 記載は「田中江村/十林寺村」。- ^ abcd市子村1村として記載。
^ 右記のほか「市井村/多賀村/北ノ庄村」が記載されているが、詳細は不明。
^ 西庄村・西庄浅小井村に分かれて記載。
^ 上慈恩寺村・下慈恩寺村に分かれて記載。- ^ abc「旧高旧領取調帳」の記載は大津県。本項では「角川日本地名大辞典」の記述による。
^ 関ヶ原の戦いと大坂の陣で日野鉄砲を献上した功績による「秀吉朱印地」が存在。
^ 白部村・白部村出作に分かれて記載。前者が幕府領、後者が宮川藩領。
^ 円山村・円山村出作に分かれて記載。前者が幕府領、後者が宮川藩領。
^ 寺社除地は西大路県が管轄。
^ 丸亀藩は明治4年4月10日(1871年5月28日)に廃藩。
^ この時点では、八幡新町三丁目、八幡新町二丁目、八幡新町元、八幡玉木町元、八幡玉木町二丁目、八幡正神町、八幡小幡町中、八幡小幡町上、八幡本町五丁目、八幡本町四丁目、八幡本町三丁目、八幡本町二丁目、八幡本町元、八幡池田町元、八幡池田町二丁目、八幡池田町三丁目、八幡池田町四丁目、八幡池田町五丁目、八幡板屋町、八幡北末町、八幡北元町、八幡元玉屋町、八幡佐久間町、八幡日杉町、八幡孫平治町元、八幡孫平治町二丁目、八幡寺内西元町、八幡寺内西末町、八幡新町四丁目、八幡魚屋町上、八幡魚屋町中、八幡魚屋町元、八幡宮内町、八幡大杉町、八幡為心町元、八幡為心町中、八幡為心町上、八幡仲屋町元、八幡桶屋町、八幡仲屋町中、八幡仲屋町上、八幡永原町元、八幡間之町、八幡永原町中、八幡永原町上、八幡博労町上、八幡博労町中、八幡博労町元、八幡西畳屋町、八幡東畳屋町、八幡江南町、八幡玉屋町、八幡大工町、八幡新左衛門町、八幡薬師町、八幡鉄砲町、八幡生須町、八幡船町、八幡鍛冶屋町、八幡慈恩寺町元、八幡慈恩寺町中、八幡慈恩寺町上、八幡鍵之手町、八幡縄手町元、八幡縄手町中、八幡縄手町末が存在。
^ 「旧高旧領取調帳」に記載がなく、支配関係も不明(寺社領か)。明治7年に長命寺門前より改称。本項では村数に数えない。
^ 「旧高旧領取調帳」に記載がなく、支配関係も不明。明治7年に里口村に改称した旗本領の野口村とは別。本項では村数に数えない。
^ (十禅寺村と誤表記)
参考文献
角川日本地名大辞典 25 滋賀県- 旧高旧領取調帳データベース
関連項目
- 消滅した郡の一覧
- 蒲生氏
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