1992年の野球
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< 1992年 | 1992年のスポーツ
目次
1 競技結果
1.1 日本プロ野球
1.1.1 ペナントレース
1.1.2 日本シリーズ
1.1.3 個人タイトル
1.1.4 ベストナイン
1.2 高校野球
1.3 大学野球
1.4 社会人野球
1.5 メジャーリーグ
2 できごと
2.1 1月
2.2 2月
2.3 3月
2.4 4月
2.5 5月
2.6 6月
2.7 7月
2.8 8月
2.9 9月
2.10 10月
2.11 11月
2.12 12月
3 誕生
3.1 1月
3.2 2月
3.3 3月
3.4 4月
3.5 5月
3.6 6月
3.7 7月
3.8 8月
3.9 9月
3.10 10月
3.11 11月
3.12 12月
4 死去
5 脚注
競技結果
日本プロ野球
ペナントレース
|
|
日本シリーズ
| 日付 | 試合 | ビジター球団(先攻) | スコア | ホーム球団(後攻) | 開催球場 |
|---|---|---|---|---|---|
| 10月17日(土) | 第1戦 | 西武ライオンズ | 3-7 | ヤクルトスワローズ | 明治神宮野球場 |
| 10月18日(日) | 第2戦 | 西武ライオンズ | 2-0 | ヤクルトスワローズ | |
| 10月19日(月) | 移動日 | ||||
| 10月20日(火) | 第3戦 | 雨天中止 | 西武ライオンズ球場 | ||
| 10月21日(水) | ヤクルトスワローズ | 1-6 | 西武ライオンズ | ||
| 10月22日(木) | 第4戦 | ヤクルトスワローズ | 0-1 | 西武ライオンズ | |
| 10月23日(金) | 第5戦 | ヤクルトスワローズ | 7-6 | 西武ライオンズ | |
| 10月24日(土) | 移動日 | ||||
| 10月25日(日) | 第6戦 | 西武ライオンズ | 7-8 | ヤクルトスワローズ | 明治神宮野球場 |
| 10月26日(月) | 第7戦 | 西武ライオンズ | 2-1 | ヤクルトスワローズ | |
| 優勝:西武ライオンズ(3年連続11回目) | |||||
個人タイトル
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
| 最優秀選手 | J.ハウエル | ヤクルト | 石井丈裕 | 西武 | | |
| 最優秀新人 | 久慈照嘉 | 阪神 | 高村祐 | 近鉄 | | |
| 首位打者 | J.ハウエル | ヤクルト | .338 | 佐々木誠 | ダイエー | .322 |
| 本塁打王 | J.ハウエル | ヤクルト | 38本 | O.デストラーデ | 西武 | 41本 |
| 打点王 | L.シーツ | 大洋 | 100点 | ブーマー.W | ダイエー | 97点 |
| 最多安打 | J.パチョレック | 阪神 | 159本 | 佐々木誠 | ダイエー | 164本 |
| 盗塁王 | 飯田哲也 | ヤクルト | 33個 | 佐々木誠 | ダイエー | 40個 |
| 最高出塁率 | T.オマリー | 阪神 | .460 | 清原和博 | 西武 | .401 |
| 最優秀防御率 | 盛田幸妃 | 大洋 | 2.05 | 赤堀元之 | 近鉄 | 1.80 |
| 最多勝利 | 斎藤雅樹 | 巨人 | 17勝 | 野茂英雄 | 近鉄 | 18勝 |
| 最多奪三振 | 仲田幸司 | 阪神 | 194個 | 野茂英雄 | 近鉄 | 228個 |
| 最高勝率 | 斎藤雅樹 | 巨人 | .739 | 石井丈裕 | 西武 | .833 |
| 最優秀救援投手 | 佐々木主浩 | 大洋 | 33SP | 赤堀元之 | 近鉄 | 32SP |
ベストナイン
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
|---|---|---|---|---|
| 守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
| 投手 | 斎藤雅樹 | 巨人 | 石井丈裕 | 西武 |
| 捕手 | 古田敦也 | ヤクルト | 伊東勤 | 西武 |
| 一塁手 | J.パチョレック | 阪神 | 清原和博 | 西武 |
| 二塁手 | 和田豊 | 阪神 | 辻発彦 | 西武 |
| 三塁手 | J.ハウエル | ヤクルト | 石毛宏典 | 西武 |
| 遊撃手 | 池山隆寛 | ヤクルト | 田辺徳雄 | 西武 |
| 外野手 | 前田智徳 | 広島 | 佐々木誠 | ダイエー |
| 飯田哲也 | ヤクルト | 秋山幸二 | 西武 | |
| L.シーツ | 大洋 | 高橋智 | オリックス | |
| 指名打者 | O.デストラーデ | 西武 | ||
高校野球
第64回選抜高等学校野球大会優勝 帝京(東京都)
第74回全国高等学校野球選手権大会優勝 西日本短大附(福岡県)
大学野球
- 第41回全日本大学野球選手権大会優勝:駒澤大
- 第23回明治神宮野球大会優勝:慶應義塾大
東京六大学野球連盟優勝 春:明治大、秋:慶應義塾大
東都大学野球連盟優勝 春:駒澤大、秋:日本大
関西学生野球連盟優勝 春:立命館大、秋:立命館大
社会人野球
第63回都市対抗野球大会優勝:日本生命
第19回社会人野球日本選手権大会優勝:東芝
メジャーリーグ
詳細は「1992年のメジャーリーグベースボール」を参照
ワールドシリーズ:トロント・ブルージェイズ(4勝2敗)アトランタ・ブレーブス
アメリカンリーグ東地区優勝:トロント・ブルージェイズ- アメリカンリーグ西地区優勝:オークランド・アスレチックス
ナショナルリーグ東地区優勝:ピッツバーグ・パイレーツ- ナショナルリーグ西地区優勝:アトランタ・ブレーブス
できごと
この節の加筆が望まれています。 |
1月
1月22日 - 野球殿堂の競技者表彰で坪内道典、広岡達朗、吉田義男が殿堂入り[1]。
1月29日 - 野球殿堂の特別表彰委員会で吉田正男が殿堂入り[1]。
2月
3月
3月27日 - セントラル・リーグの理事会でスパイ行為の禁止の伝達[1]。
4月
4月4日 - セントラル・リーグ、パシフィック・リーグのシーズン公式戦が開幕[1]。
4月6日 - 第64回選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、帝京が東海大相模を3-2で破り初優勝。
4月8日 - 千葉ロッテマリーンズは対福岡ダイエーホークス戦(千葉マリンスタジアム)でパ・リーグ史上2度目の出場打者全員から奪三振(9人、11奪三振)[2]。
4月19日 - 中日ドラゴンズは対読売ジャイアンツ戦(ナゴヤ球場)で清水雅治が対巨人戦での球団通算1000本塁打[1]。
4月26日 - ヤクルトスワローズの飯田哲也が対広島戦でNPB史上4人目の初回先頭打者ランニング本塁打[3]。
4月29日 - ヤクルトの池山隆寛が対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)で日本プロ野球史上94人目の通算150本塁打[4]。
4月30日 - 中日は新外国人選手のアロンゾ・パウエルの入団を発表[1]。
5月
5月3日 - 横浜大洋ホエールズの監督の須藤豊が休養し、チーフ兼打撃コーチの江尻亮が監督代行に就任。須藤は5月7日に正式に退団し、江尻は5月23日に正式に監督就任[5]。
5月4日 - 中日の落合博満が対広島戦(ナゴヤ)で日本プロ野球史上101人目の通算1500試合出場[1]。
5月31日 - 巨人の松谷竜二郎がイースタン・リーグの対大洋戦においてリーグ史上初の二度目のノーヒットノーランを達成[6]。
6月
6月1日 - 中日のマーク・ライアルが自由契約[1]。
6月6日 - ダイエーの広永益隆が対西武ライオンズ戦(西武球場)で潮崎哲也からパ・リーグ通算30000本塁打[7]。
6月10日 - 中日の長嶋清幸が対阪神戦(甲子園)で日本プロ野球通算1000安打[1]。
6月14日 - 阪神の湯舟敏郎が対広島戦(甲子園)でノーヒットノーランを達成[8]。
7月
7月8日 - 近鉄バファローズの新井宏昌が藤井寺球場での対オリックス114回戦の3回裏に三塁打を放ち、プロ通算2000本安打を達成[9][10]。
7月10日 - 近鉄の野茂英雄が西武球場での対西武12回戦に先発し、14与四球の一試合最多与四球、5回表には二死無走者から5者連続与四球。いずれもプロ野球ワーストタイ記録[11]。
7月12日 - ロッテの愛甲猛がこの日の試合の先発メンバーから外れ、パ・リーグの全イニング連続試合出場記録が535試合でストップ[12]。
7月16日 - 広島の北別府学がナゴヤ球場での対中日15回戦で勝利投手となりプロ通算200勝を達成[13][14]。
7月18日 - オールスターゲーム第1戦(甲子園)の5回表、全パの石井浩郎(近鉄)、田辺徳雄(西武)、佐々木誠(ダイエー)が全セの小松辰雄(中日)からオールスター初の3者連続本塁打。試合は6-1でパ・リーグが勝利。MVPは近鉄の石井が受賞[15]。
7月19日 - オールスターゲーム第2戦(マリン)で全セの古田敦也(ヤクルト)がオールスター初のサイクル安打を達成。古田は史上6人目の2年連続MVP[4]。
7月26日 - オリックスは対ダイエー戦(グリーンスタジアム神戸)の8回に打者16人で9安打2四球の日本プロ野球記録の1イニング12連続得点。1イニング12点はパ・リーグタイ記録。試合は18対4でオリックスが勝利[16]。
7月29日 - ヤクルトのジャック・ハウエルが対広島戦(明治神宮野球場)で日本プロ野球史上44人目のサイクル安打達成。外国人選手ではダリル・スペンサー以来2人目[4]。
8月
8月5日- ヤクルトの角盈男が対阪神戦(神宮)で日本プロ野球史上28人目の通算600試合登板[4]。
日本ハムファイターズは対オリックス戦(米子)で7月16日からパ・リーグタイ記録の10試合連続2桁安打[2]。- 西武のオレステス・デストラーデが1989年6月20日からこの日の試合まで、外国人選手パ・リーグ最多の423試合連続出場。
8月11日 - ロッテは対オリックス戦(GS神戸)で今季2度目、パ・リーグ史上3度目の出場打者全員から奪三振(9人、9奪三振)[2]
8月16日 - 全国高等学校野球選手権大会2回戦の星稜対明徳義塾戦で、星稜の松井秀喜が5打席連続敬遠[17]。
8月19日 - 大洋の高木豊が対巨人戦(横浜)で日本プロ野球通算300盗塁[5]。
8月25日 - 第74回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、福岡代表の西日本短大付が千葉代表の拓大紅陵を1-0で破り初優勝。
8月27日 - 大洋の高木豊が対ヤクルト戦(横浜)で日本プロ野球通算1500安打[5]。
8月30日 - ヤクルトのジャック・ハウエルが対中日戦(神宮)で球団新記録の月間13本塁打[4]。
9月
9月1日 - 西武球場での西武対近鉄21回戦で西武が近鉄に22-0で勝利し、パ・リーグ最多得点差[18]。
9月2日 - 大洋の長内孝が横浜スタジアムでの対広島23回戦に6番・一塁で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[19]。
9月4日 - ダイエーの門田博光が福岡市内の球団事務所にて記者会見し今季限りで現役引退すると発表[20]。
9月11日 - 阪神対ヤクルト19回戦が甲子園球場にて行われ、9回裏阪神の攻撃で二死一塁から八木裕が左翼へライナーを打ち、線審の平光清は本塁打と判定したが、ヤクルト側が打球がフェンスに当たってスタンドに入ったのでエンタイトル二塁打だと抗議。平光はこれを受けいれ本塁打を二塁打へ訂正したが、今度は阪神の監督の中村勝広が抗議し、試合が約37分中断[21]。試合は延長十五回、3-3の引き分けとなり、試合時間はプロ野球史上最長の6時間26分となった[22]。
9月12日- 巨人の原辰徳が東京ドームでの対広島23回戦の七回裏に2点適時打を打ち、プロ通算1500本安打を達成[23]。
- ヤクルトの西村龍次が甲子園球場での対阪神19回戦に先発し、四回裏に木戸克彦に2号満塁本塁打を打たれ、1シーズン4被満塁本塁打のプロ野球新記録[24]。
9月16日 - ヤクルトの角富士夫が神宮球場での対横浜26回戦の七回裏に代打として出場し、プロ通算1500試合出場を達成[25]。
9月22日 - ヤクルトの広沢克己が神宮球場での対広島20回戦の四回裏に安打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[26]。
9月25日 - 巨人の原辰徳が東京ドームでの対中日24回戦の六回裏に27号2点本塁打を打ち、プロ通算350号本塁打を達成[27]。
9月27日 - ヤクルトの広沢克己が神宮球場での対阪神23回戦に四番・一塁で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[28]。
9月29日 - 西武のオレステス・デストラーデが東京ドームでの対日本ハム21回戦の九回表に29号本塁打を打ち、通算150号本塁打を達成[29]。
9月30日 - 西武が対日本ハム戦(東京ドーム)に14-5で勝利し、3年連続パ・リーグ優勝達成[30]。
10月
10月1日
平和台球場で最後の日本プロ野球公式戦が行われ、ダイエーが広永益隆の本塁打で1-0で近鉄に勝利[31]。- 広島対ヤクルト戦(広島)は延長13回に広島が8-7でサヨナラ勝利。試合時間6時間1分は途中中断無しでは初の6時間台試合。また日本プロ野球史上4度目の2日がかりの試合になった[32]。
10月3日- ヤクルトの対中日戦(神宮)で古田敦也が球団初の捕手でシーズン30本塁打[4]。
ジュニア日本選手権(川崎球場)は巨人が中日に勝利し優勝達成[1]。
10月7日 - 横浜スタジアムで横浜大洋ホエールズとしての最終試合となる対巨人戦が行われる。遠藤一彦が引退登板。試合は1対0で巨人が勝利[33]。
10月10日 - ヤクルトが対阪神戦(甲子園)に5-2で勝利し、14年ぶり2度目のセ・リーグ優勝達成[4]。
10月11日 - セ・リーグのシーズン公式戦の全日程が終了[1]。
10月12日 - 巨人の監督の藤田元司が勇退。後任に長嶋茂雄が就任することを発表[34]。
10月13日- パ・リーグのシーズン公式戦の全日程が終了[1]。
- 中日のスコット・アンダーソンが解雇[1]。
- 大洋の監督の江尻亮が辞任[5]。
10月14日 - 大洋(翌年より横浜ベイスターズに改称)の新監督に近藤昭仁が就任[5]。
10月26日 - 1992年の日本シリーズの第7戦(神宮)が行われ、西武がヤクルトに2-1で勝利し、4勝3敗で優勝達成。MVPは西武の石井丈裕 [35]。
10月27日 - 中日の宇野勝、長嶋清幸とロッテの横田真之、今野隆裕による2対2の交換トレード[1]。
10月29日 - 日本ハムの監督に大沢啓二が就任[36]。
11月
11月12日 - 横浜大洋ホエールズが球団名を「横浜ベイスターズ」に改称[5]。
12月
誕生
1月
1月4日 - クリス・ブライアント- 1月4日 - マイケル・ローレンゼン
1月10日 - リオン・ヒーリー
1月15日 - チチ・ゴンザレス
1月17日 - 吉田えり
1月19日 - ジャレル・コットン
1月28日 - ハンター・レンフロー
1月31日 - アレックス・クラウディオ
2月
2月1日 - ショーン・マネイア
2月10日 - オマー・ナルバエス
2月15日 - エルネスト・シルバ
2月16日 - マルコ・ゴンザレス
2月22日 - ディクソン・マチャド
2月23日 - コーリー・アダムソン
2月25日 - ホルヘ・ソレア
3月
3月4日 - ニコラス・カステヤノス
3月18日 - トレイ・マンシーニ
3月29日 - チャド・ピンダー
4月
4月2日 - ウィルマー・ディフォ
4月13日 - ルシアノ・フェルナンド
4月16日 - 西川遥輝
4月17日 - 宮國椋丞
4月20日 - ドリュー・ロビンソン
4月21日 - ジョク・ピーダーソン
4月25日 - トレバー・ウィリアムズ
4月26日 - アーロン・ジャッジ
4月28日 - 西田明央
5月
5月3日 - ケリン・デグラン
5月10日 - ジャコビー・ジョーンズ
5月11日 - 三ツ俣大樹
5月13日 - ウィルソン・コントレラス
5月17日 - ベン・ギャメル
5月28日 - 中村奨吾
6月
6月2日 - ケイレブ・カワート
6月29日 - ヨルマー・サンチェス
7月
7月1日 - アーロン・サンチェス
7月6日 - マニー・マチャド
7月12日 - 勧野甲輝
7月16日 - 山田哲人
7月18日 - ディネルソン・ラメット
7月31日 - ホセ・フェルナンデス(+ 2016年)
8月
8月4日 - ドミンゴ・ヘルマン
8月5日 - ドミンゴ・サンタナ
8月7日 - 薮田和樹
8月10日 - アーチー・ブラッドリー
8月11日 - 有原航平
8月13日 - タイフアン・ウォーカー
8月14日 - ジョシュ・ベル
8月16日 - デライノ・デシールズ・ジュニア
8月18日 - オースティン・ヘッジス
8月21日 - ブランドン・ドルーリー- 8月21日 - 吉川大幾
8月26日 - マイケル・フランコ
9月
9月2日 - ロナルド・トレイエズ
9月4日 - ウィリー・ガルシア
9月8日 - ダン・アルタビラ
9月9日 - パット・バライカ
9月10日 - チャド・クール
9月17日 - ホセ・ラミレス
9月23日 - ダイラン・アンスワース
10月
10月1日 - ザンダー・ボガーツ
10月2日 - 山崎康晃
10月7日 - ムーキー・ベッツ
10月15日 - テオスカー・ヘルナンデス
10月16日 - ブライス・ハーパー
10月17日 - ハンサー・アルベルト
10月19日 - サム・トゥイバイララ
10月22日 - アレン・ハンソン
10月23日 - 南貴樹
10月26日 - ドワイト・スミス・ジュニア
11月
11月5日 - 甲斐拓也
11月9日 - グレッグ・バード
11月9日 - トレバー・ストーリー
11月15日 - ディラン・バンディ- 11月15日 - トレバー・ストーリー
11月16日 - チェスラー・カスバート- 11月16日 - 山下斐紹
11月20日 - 阿知羅拓馬
11月27日 - ブラッドリー・ジマー
12月
12月1日 - ハビアー・バエズ
12月2日 - ゲイリー・サンチェス
12月4日 - ラウル・アルカンタラ- 12月4日 - ジョー・マスグローブ
- 12月4日 - ブレイク・スネル
12月10日 - カルロス・ロドン
12月11日 - ドルトン・ポンペイ
12月19日 - エドゥブレイ・ラモス
12月20日 - 外崎修汰
死去
3月4日 - 大和球士(埼玉県、*1910年)
3月21日 - 和田明(東京都、*1937年)
4月30日 - 大杉勝男(岡山県、*1945年)
5月28日 - 藤村富美男(広島県、*1916年)
5月28日 - 船田和英(静岡県、*1942年)
8月30日 - 伊達正男(大阪府、*1911年)
10月26日 - 生原昭宏(福岡県、*1937年)
12月5日 - 金田正泰(京都府、*1920年)
脚注
- ^ abcdefghijklmn『中日ドラゴンズ70年史』 中日ドラゴンズ 編、中日新聞社、2006年、172頁。ISBN 4806205141。
- ^ abc記録メモ(チーム・その他編) Archived 2014年02月13日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
^ 『週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2014年5月26日、 97頁。- ^ abcdefg“球団の歩み 1990年代”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
- ^ abcdef『ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、[要ページ番号]。ISBN 9784583616179。
^ 。『ベースボールマガジン』、ベースボール・マガジン社、2012年11月、 72頁。
^ パシフィック・リーグ略史(1949年~2000年) Archived 2014年02月16日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
^ “【6月14日】1992年(平4) 同じ相手同じ球場同じ時間 大記録でやり返した湯舟敏郎”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年6月14日). 2015年12月29日閲覧。
^ 毎日新聞1992年7月9日25面「近鉄・新井が2000本安打 26人目 『不惑』の職人芸」毎日新聞縮刷版1992年7月p353
^ “【7月8日】1992年(平4) 脇役が主役になった日 新井宏昌「こういうの困るんだよ」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年7月8日). 2015年12月29日閲覧。
^ 読売新聞1992年7月11日19面「プロ野球ワーストタイを5回で2つも 野茂 四球地獄 『一試合最多14+5者連続』」読売新聞縮刷版1992年7月p525
^ 毎日新聞1992年7月13日21面「愛甲連続出場記録ストップ」毎日新聞縮刷版1992年7月p515
^ 読売新聞1992年7月17日21面「北別府、円熟200勝 17年、480試合、22人目 10勝も一番乗り」読売新聞縮刷版1992年7月p839
^ “【7月16日】1992年(平4) 20世紀最後の金字塔 北別府学 広島初の200勝達成”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年7月15日). 2015年12月29日閲覧。
^ “【7月18日】1992年(平4)史上初!夢の球宴で夢の3連続本塁打!MVPは石井浩郎”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年7月16日). 2015年12月29日閲覧。
^ 宇佐美徹也 『日本プロ野球記録大鑑』 講談社、1993年、573頁。ISBN 4062061082。
^ 石黒謙吾 (2010年8月10日). “山下智茂・星稜総監督が初めて明かす「松井5打席敬遠」の痛恨”. Sports Graphic Number Web. 文藝春秋社. 2015年12月29日閲覧。
^ 読売新聞1992年9月2日19面「22点差はパ・リーグ最多」読売新聞縮刷版1992年9月p71
^ 読売新聞1992年9月3日19面「大洋・長内が1000試合出場」読売新聞縮刷版1992年9月p127
^ 読売新聞1992年9月5日19面「"求道の球歴"門田引退 現役最長の44年 奇跡の回復40歳2冠」読売新聞縮刷版1992年9月p227
^ 読売新聞1992年9月12日19面「サヨナラ弾が一転二塁打 審判ミス37分中断」読売新聞縮刷版1992年9月p589
^ 読売新聞1992年9月12日19面「阪神―ヤクルト 二日がかりの首位攻防 お疲れ最長6時間26分」読売新聞縮刷版1992年9月p601
^ 読売新聞1992年9月13日18面「巨人・原辰が1500安打」読売新聞縮刷版1992年p636
^ 読売新聞1992年9月13日19面「ヤクルト・西村がシーズン満塁被本塁打4の新記録」読売新聞縮刷版1992年9月p637
^ 読売新聞1992年9月17日19面「ヤクルト・角が1500試合出場」読売新聞縮刷版1992年p811
^ 読売新聞1992年9月23日19面「ヤクルト・広沢が1000本安打」読売新聞縮刷版1992年9月p1107
^ 読売新聞1992年9月26日19面「巨人逃げ切り3連勝 原、技あり350号」読売新聞縮刷版1992年9月p1215
^ 読売新聞1992年9月28日23面「ヤクルト・広沢が1000試合出場」読売新聞縮刷版1992年9月p1301
^ 読売新聞1992年9月30日21面「西武・デストラーデが150号」読売新聞縮刷版1992年9月p1415
^ 『週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2013年10月7日、 42 - 43頁。
^ “【10月1日】1992年(平4) さらば平和台…フィナーレを飾ったのはルーキーと記録男”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2008年9月29日). 2015年12月29日閲覧。
^ 宇佐美徹也 1993, pp. 185 - 187.
^ “【10月7日】1992年(平4) 大洋ラストゲーム 遠藤一彦引退、三浦大輔初登板”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2009年10月7日). 2015年12月29日閲覧。
^ “巨人軍年表”. 読売巨人軍公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
^ “日本シリーズ 各年度試合結果(1990-1999)”. 日本野球機構公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
^ “親分!大沢啓二氏写真特集”. 時事通信社. 2015年12月29日閲覧。
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