平野区
ひらのく 平野区 | |
|---|---|
杭全神社 | |
| 国 | |
| 地方 | 近畿地方 |
| 都道府県 | 大阪府 |
| 市 | 大阪市 |
| 団体コード | 27126-8 |
| 面積 | 15.28km2 |
| 総人口 | 193,788人 (推計人口、2019年1月1日) |
| 人口密度 | 12,682人/km2 |
| 隣接自治体 隣接行政区 | 大阪市(東住吉区、生野区) 東大阪市、八尾市、松原市 |
| 区の花 | わたの花 |
| 平野区役所 | |
| 所在地 | 〒547-8580 |
| 外部リンク | 平野区 |
| |
| ウィキプロジェクト | |
平野区(ひらのく)は、大阪市を構成する24行政区のうちのひとつで、人口が最も多い。
目次
1 地理
2 歴史
2.1 沿革
3 人口
4 地名
5 隣接している自治体・行政区
6 交通
6.1 鉄道
6.2 バス
6.3 道路
7 教育
7.1 大学
7.2 短期大学
7.3 高等学校
7.4 中学校
7.5 小学校
7.6 特別支援学校
8 施設
9 寺社
10 出身有名人
10.1 歴史上の有名人
10.2 現代の有名人
11 平野区に本拠を構える企業
12 かつて平野区に本拠を構えていた企業
13 関連項目
14 外部リンク
地理
大阪府のほぼ中心に位置する。区内のうち北西部の他は上町台地の南部にあたるが、全体的に見ると平坦な地形である。南部を大和川が流れ、また瓜破霊園も区内にある。なお、瓜破南1丁目・2丁目と長吉川辺4丁目は、大和川より南に位置する。
大阪市内に本拠する企業であるカプコンもこの平野区が発祥地である。
歴史
平野の地名は平安時代末期にまで遡ることが可能で、古くは摂津国住吉郡平野庄と呼ばれ、征夷大将軍の坂上田村麻呂の次男で平野の開発領主となった坂上広野を「平野殿」と呼んだという。
平野の地名由来については、広野が訛って平野になったという説と、河内源氏の本拠地の石川庄を相続した石川源氏系の杭全氏が杭全庄を開発し、その時に多くの湖沼を埋め立て「野が平らになった」という意味から起こったという説がある。平野庄は近世には平野郷と呼ばれるようになる。杭全庄と平野庄、平野郷は同じ地域の名称である。
戦国時代には坂上広野の子孫という平野氏一族の末吉家を筆頭とする坂上氏庶流の平野氏七名家と呼ばれる家々が自治権を掌握し周囲に環濠を巡らせて自衛の形を固めた。
大坂夏の陣では徳川家康の本陣と定められ、その事を示すものも現存する。
区内には江戸時代初期に定められた町割を現在も保っている地域が存在している。江戸時代に河内国の綿花の集積地として栄えたために綿花が区の花と定められている。尚同地は当初は天領だったが、後に古河藩の領地となった。
沿革
1889年(明治22年)4月1日:町村制施行により、住吉郡平野郷町、喜連村、渋川郡加美村、丹北郡瓜破村、長吉村が発足。
1896年(明治29年)4月1日:郡の統廃合により、東成郡平野郷町、喜連村、中河内郡加美村、瓜破村、長吉村となる。
1925年(大正14年)4月1日:大阪市第2次市域拡張により、平野郷町と喜連村が新設の住吉区に編入される。
1943年(昭和18年)4月1日:区の再編により、東住吉区が設置される。
1955年(昭和30年)4月3日:大阪市第3次市域拡張により、加美村、瓜破村、長吉村が東住吉区に編入される。
1974年(昭和49年)7月22日:東住吉区からの分区により、平野区が設置される。新区名は投票の結果1票差で「平野区」が「大和川区」を上回り、新区名に決定した。区役所は東住吉区から引き継いだ。
人口
| 年 | 世帯数 | 人口 | 人口増減率 (前回比) |
|---|---|---|---|
| 1950年(昭和25年) | 13,054 | 59,128 | |
| 1955年(昭和30年) | 13,974 | 64,588 | +9.23% |
| 1960年(昭和35年) | 20,942 | 90,289 | +39.79% |
| 1965年(昭和40年) | 38,495 | 147,225 | +63.06% |
| 1970年(昭和45年) | 51,785 | 188,977 | +28.35% |
| 1975年(昭和50年) | 58,395 | 202,645 | +7.23% |
| 1980年(昭和55年) | 61,100 | 198,880 | -1.86% |
| 1985年(昭和60年) | 64,188 | 196,203 | -1.35% |
| 1990年(平成2年) | 71,351 | 198,550 | +1.20% |
| 1995年(平成7年) | 76,676 | 200,556 | +1.01% |
| 2000年(平成12年) | 80,874 | 201,722 | +0.58% |
| 2005年(平成17年) | 83,688 | 200,490 | -0.61% |
| 2010年(平成22年) | 200,205 | -0.14% |
※2010年は9月1日現在の推計人口。
地名
平野区は大きく分けると、平野・喜連・加美・瓜破・長吉の5地区から成り立っている。平野・喜連が摂津国、加美・瓜破・長吉が河内国にあたる。
|
|
|
隣接している自治体・行政区
大阪市の行政区
- 東住吉区
- 生野区
自治体
- 東大阪市
- 八尾市
- 松原市
交通
鉄道
- 中心となる駅:JR平野駅
- 区役所の最寄駅:地下鉄平野駅
西日本旅客鉄道(JR西日本)
関西本線(Q大和路線)
加美駅 -
平野駅
Fおおさか東線 新加美駅
衣摺加美北駅(東大阪市衣摺)は駅舎の一部が加美北に跨っている。
大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)
谷町線 平野駅 - 喜連瓜破駅 - 出戸駅 - 長原駅
※ かつて平野区には路面電車として南海平野線が走っており、区内には西平野、平野の2ヶ所の電停があった。しかし、人口急増により路面電車では輸送力に限界が生じ、1980年(昭和55年)11月の地下鉄谷町線延伸により地下鉄に引き継がれ廃線となった。
バス
大阪シティバス:区内には、21の系統が運行され、出戸バスターミナルもある。かつてあった旧大阪市営バス長吉営業所は、2013年3月31日をもって廃止された。
近鉄バス:JR平野駅と布施駅(東大阪市)を結ぶ路線、JR久宝寺駅(八尾市)と地下鉄八尾南駅(八尾市)を結ぶ路線が区内を運行する。
道路
高速道路
近畿自動車道:長原IC
阪神高速道路
14号松原線:平野出入口 - 喜連瓜破出入口 - 三宅出入口 - 大堀出入口
国道・その他一般道
国道25号
国道165号
国道309号
長居公園通(国道479号・大阪府道179号住吉八尾線)
内環状線(国道479号)- 大阪府道2号大阪中央環状線
- 大阪府道159号平野守口線
- 大阪府道186号大阪羽曳野線
- 大阪府道187号大堀堺線
南港通(大阪府道5号大阪港八尾線)
教育
区内には大阪教育大学附属の高校・中学校・小学校がある。また区西部に位置する東住吉高校には、芸能文化科が全国で唯一設置されている。
大学
- 常磐会学園大学
短期大学
- 常磐会短期大学
高等学校
- 大阪教育大学附属高等学校平野校舎
- 大阪府立平野高等学校
- 大阪府立東住吉高等学校
- 大阪府立東住吉総合高等学校
- 大阪府立長吉高等学校
- 天王寺学館高等学校
中学校
- 大阪教育大学附属平野中学校
|
|
|
|
小学校
- 大阪教育大学附属平野小学校
|
|
|
|
- (廃校)大阪市立大和川小学校 - 団地建設等による児童増により1974年に長原小学校より分離開校。しかしその後の児童減少に伴い1989年に長原小学校へ再統合されて廃校。
特別支援学校
- 大阪教育大学附属特別支援学校
- 大阪府立平野支援学校
施設
- 大阪市立平野図書館
- 大阪市立平野スポーツセンター
- 大阪市立クラフトパーク
- 大阪市立瓜破斎場
クレオ大阪南(大阪市立男女共同参画センター南部館)
平野町ぐるみ博物館 -まちづくり運動の一環として開設された、小さな博物館の集まりである。
寺社
- 大念仏寺
- 長寶寺
- 杭全神社
出身有名人
歴史上の有名人
坂上当道 (坂上田村麻呂の孫、坂上広野の子。杭全神社を創建と伝わる)
坂上行松 (平野行増。坂上広野の4代孫。平野七名家の祖といわれる)
平野隼人正利吉 (平野利吉。安土桃山時代の豪商)
末吉勘兵衛利方 (平野利方。安土桃山時代の豪商)
末吉孫左衛門利安 (平野利安。安土桃山時代の豪商)
安井道頓 (道頓堀を掘削した道頓に関して成安道頓説があり、その説によれば平野氏の一族とされる。)
現代の有名人
|
|
|
平野区に本拠を構える企業
- アイコム
- アテックス
- ダイジェット工業
- たくみホーム
- タブチ
- 日本金銭機械
- マイルーム
- エースカンパニー不動産
かつて平野区に本拠を構えていた企業
- 日本臓器製薬
- カプコン
- 丸一鋼管
- タビオ
関連項目
- 平野郷
外部リンク
- 平野区
大阪府大阪市平野区 (27126A1974) | 歴史的行政区域データセットβ版 - Geoshapeリポジトリ
| ||||||||||||||||||